MONOmonologueモノ(物→コレクション)とMONO(モノラルサウンド→レコード)をこよなく愛するオヤジの徒然日記。

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『僕らのヒットパレード』を読んだ 10:29

『僕らのヒットパレード』は、B6変形版という、手にぴったりおさまる気持ち良いサイズの本である。
平野甲賀の装丁は、見れば見るほど味わい深い。
なにもしていないように思わせて、ここにはきっとたくさんの「素敵」につながる秘密があるに違いない。
そういえば「レコードコレクター紳士録」という本の表紙もハイファイレコードの店内だった、などということを思い出す。
あちらはファイア通りにあった旧店舗、こちらは明治通り沿いにある現店舗。

全290ページ。
読みだせばあっという間に読み終えてしまう。
しかし、ここはあえてじっくり読もうではないか。
普段なら、面白い本は面白さに身をまかせて一息に読んでしまう。
でもがんばって、一文字一文字を噛みしめるように読んでみよう。
がんばらないと文字をつぎつぎ目でおってページをどんどん進んでしまう。
どんどん読み進めたい気持ちをぐっと押さえつけ文字に目を凝らす。
なんとかがんばって、それでも残念ながらすでに読み終えてしまった。
しかし今、最初から再び読んでいる。
およそ半分進んでしまった。

これがどんな本なのか、どんな風に面白いのか、と問われたなら、二人の対談部分を紹介しようと思う。
片岡義男のこんな発言におもわず笑ってしまう。

どのくらい引き上げて、戻すの? 僕はこのくらい。三センチほど持ち上げると、もう買うか買わないか、決めることが出来る。いまは二センチに挑戦してる。


もしあなたがレコードを買いに行った経験があるならば、微笑まずにはいられない発言だろう。
レコードをたった三センチ引き上げただけで買うか買わないかを決めることが出来るなんて、ね(笑)。
レコードの達人だと驚く人、そんな出鱈目なと笑い飛ばす人もいるだろう。

現在の自分のすぐ内側に、その自分が高校生だった頃という、つい昨日のような過去がある。過去は消えていない。それどころか、自分の過去は現在の自分そのものではないか。現在とその延長としてのこれから先、というものだけにとらわれていると、人はほとんどの場合、過去をなきものにしてしまう。過去を葬れば、現在が道連れにされる。その単純明快な事実に気付かない人が、なんと多いことか。


そして片岡義男のこんな言葉がある。
私はこれを、すらりと読んで、すらりと進んでしまうことが出来ない。
ここで語られていることは何だろう、と考える。
ページをめくる手をとめて、文字から目を離してみる。
ここで心によぎる感情を無視しては、あまりにもったいないではないか。

小西康陽はあとがきでこう語っている。
この本はつまり、そういうことなんだ。

片岡さんのレコードの対する好奇心、あるいはレコードを通して過去の事象を見たり感じたりする作法は、自分の知っている他のレコードコレクターには見られない、独特のものだ。
片岡さんのレコードの愛し方を、ぼくは自分の友人であるレコードコレクターの連中に知ってもらいたい、と思った。そして自分も片岡さんのようにレコードを楽しむ方法を学びたい、盗みたい、と考えた。







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『僕らのヒットパレード』を買いにいった 21:44

作家の片岡義男と音楽家の小西康陽が、音楽の本を出すということを知ったのは発売日の直前だった。
音楽をこよなく愛し、レコードをこよなく愛する2人である。
想像しただけで胸がわくわくした。

『僕らのヒットパレード』 片岡義男 小西康陽(国書刊行会)

片岡義男と小西康陽は、2人でトークライヴを行うほどの仲だから、きっと出版記念のイベントがあるに違いないと想像し調べてみた。
すると、2月下旬に渋谷タワーレコードでトーク&サイン会があるという情報を得た。
サイン会への参加券は、タワーレコードで本を購入すると先着でもらえるという。
ならば近いうちにタワーレコードへ行って本を買えば良いだろう、と思っていた。
はたして2人のサインをどのくらいの人が欲しがるのだろう、と考えた。
その数は想像もつかないが、私は猛烈に二人のサインが欲しい。
熱心なファンがタワーレコード押し掛けて本を買いサイン会参加券がなくなってしまったらどうしよう、などと考えだしたらいてもたってもいられなくなった。
さっそく渋谷のタワーレコードへ行って『僕らのヒットパレード』を買ってきた。
サイン会参加券も無事入手できた。
これで一安心だ。
その際、ベン・クウェラー君のサイン会参加券も入手できたうれしい顛末は前回の記事に書いた通りである。
そう、私はタワーレコードへ『僕らのヒットパレード』を買いにいったのだ。

『僕らのヒットパレード』のまえがきを読んでぐっと引き込まれた。
まえがきには、どうして私たちはこうもレコードに惹き付けられてしまうのか、という本質が記されている。
その部分を紹介しよう。


どうしてこれほどにLPを買うのか、その理由はただひとつ、買わないことにはなにも始まらないからだ。まだ自分の知らない音楽が、どこにどれだけ眠っているのか、遭遇しなければ分からない。遭遇するためのもっとも基本的な経路は、街でLPを買って来ては、自宅で再生して聴くことだ。LPを経路にして、これまでにどれくらいの音楽に、僕は遭遇して来たか。

LPは魔法だ。過去のある時あるところで流れた時間が、音楽にかたちを変えて、LPの盤面の音溝に刻み込んである。その音溝から音楽を電気的に再生させると過去の時間が現在の時間とひとつになって、現在の時間のなかを経過していく。何度繰り返しても、同じことが起きる。これを魔法と呼ばないのなら、他の一体なにが魔法なのか。盤面じたい魔法そのものだ。直径三十センチの美しく平たい円盤で、そのほとんどはほどよく艶やかな美しい黒い色だ。A面とB面の両方に音溝は刻まれていて、片面に平均して六曲が録音してある。三十センチ四方のボール紙で出来ているジャケットにも、それを手にする人を魔法にかける力が込められていて、いつまでたってもその魔力は消えることがない。


片岡義男のこの言葉にピンと来た人は、読んでみてほしい。
読むほどに読み進めるのがもったいなく思えて仕方がない、そういう本である。










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キノコノコ 22:29

どうやらキノコを好きなひとは、私が思っているよりずっと多いらしい。
これは食べるキノコが好きなひとの話ではなく、モノとしてのキノコを好きなひとの話だ。
昨年、駅前で見つけたキノコ型ソフトストラップを紹介した。<こちらからどうぞ
その第2弾が出ていることを知ったのだ。
今回のキノコを娘の友だちも持っているという。
小学生をもひきつけるキノコ。
なるほど第2弾がでるわけだ。

前回のキノコ型ソフトストラップを妻が持ってきてからというもの、キノコが気になって仕方がない。
そこでキノコ本を探してみたのだが、書店には図鑑や食用キノコの見分け方をまとめた実用本ばかりなのだ。
そこにはたんたんと図版が並ぶのみ。
ぱらぱら手にとって眺めてみれば、それなりの楽しさはある。
しかし、手元においておきたくなるほどのもりあがりはない。
おりにふれて本屋でキノコ本をさがしていたら、まさにうってつけのビジュアル本を見つけることができた。
それが「きのこのほん(ピエブックス)」であった。

キノコの魅力はなんといっても姿の愛らしさだ。
形と色のバリエーションの豊富さだ。
この本には富士山周辺で自生するキノコの姿が記録されている。
森の中のキノコは、ときに可愛らしく群れ、ときに寄り添い、ときに孤独のなかシンとたたずんでいる。
ユーモラスなキノコ、おシャレなキノコ、シリアスなキノコ、明るいキノコ、暗いキノコなどさまざまな表情を見ることができる。
こんなに可愛らしいのに猛毒だったりもする。
しかし毒キノコの「毒」とは必ずしも食中毒などでいうところの毒とは限らないのだけれど。

「きのこのほん」を手にいれたのち、古書店で見つけたのが「しあわせなキノコ(思索社)」である。
伊沢正名の写真に寮美千子が短い文章をつけたかわいらしい小さな本である。
これは20年も前に出版されている。
「きのこのほん」とならべて見くらべれば、「しあわせなキノコ」がアイディアソースなのかもしれないと思わせる本である。
森のなか、キノコにぐっと寄ってみたり引いてみたり。
端正にとらえられ印刷されたキノコの写真がどうしてこうも可愛らしいのだろうか。
本のサイズも小さくて、美しく素敵な本である。

この記事を書くにあたって「しあわせなキノコ」をアマゾンで探してみたら、絶版でなんとプレミアがついていた。
手軽に勧められる本ではなかった。
残念。

となればキノコ鑑賞に「きのこのほん」を是非!






ンンン?
明日は雪か?
雪なのか???


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音楽最高 20:19

音楽は最高だ。
これがなければ生きていけない、という人も多い。
私も暇さえあれば、財布に105円でもあれば、レコードやCDを買ってしまう。
私にとって音楽とは聴くモノだ。
しかし音楽を仕事するとなるとどうなんだろう?
生活できるのかな。
儲かるのかな。
そんな素朴な疑問は誰もが抱くもの。
そんな疑問から始まって1冊にまとめたのがこの本である。

「ジョニー・B・グッジョブ 音楽を仕事にする人々」
 浜田淳著 株式会社カンゼン

これは仕事にまつわる本である。
音楽に関わる仕事についている20人の方々へのインタビュー集である。
音楽に関わる仕事といっても実にさざまざである。
ミュージシャン、DJ、マネジメント、レーベル、レコードショップ、オンライン中古CDショップといったすぐに想像できるような職種の人から、音楽教師やディストリビューター(流通)、イベンターといった、そうだよねそういう職業も音楽関係なんだよね、といった人へも話を聞いている。
そのどれもが抜群に面白い。
ページをめくる手が止まらなくなる、とはまさにこの本のためにある言葉だ。
登場人物の言葉を少し引用してみよう。

  ぼくの枚数にレコード会社はお金を出せないって
  <ミュージシャン>

  エンジニアがどんだけ偉いんだって話でね
  <エンジニア>

  どこに行ってもつねにアウェイ感があります
  <DJ>

  ヤフオク黎明期はアナーキーでした
  <オンライン中古CDショップ>

  メジャーには、制作費を補填させられたことがあります
  <レーベル>

  メーカーなど情報の送り手の心象は、結局バーターですから
  <編集>

  打ち合わせなら公園で会ってもいいですしね
  <マネジメント>

  全員が幸せになれるポイントを追求しています
  <音楽ライター>

  表現する分にはなんでもいいよ、って
  <音楽教師>
  
もし私のこの記事によってすこしこの本に興味を持った方がいらしたら、出来れば店頭で「はじめに」と「あとがき」だけでも読んでみていただきたい。
これは浜田淳さんの仕事や音楽に対する想いがつまったとても素敵な本なのだ。
38歳のライターが、週4バイトして作ったのだという。
音楽が好きで頑張ってる人たちがここにいる。
「音楽が好きで、それを仕事にしたい」
大いに笑って泣いて心うたれる本である。

ブックデザインは、テリー・ジョンソン&テリー・ブラックモンのフラミンゴスタジオチーム。
ハハ、まッ黄色。
音楽好き必携だな(笑)


そうそう、5/29(日)にEテレで放送された細野さんのドキュメンタリー、よかったなあ。
再放送があったらまた見たいなあ。



株式会社カンゼンのウェブサイトで朝日新聞夕刊に掲載された記事のPDFがありました。
よろしければご覧ください!




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ブックストアで待ちあわせ 21:47

古本屋で手にした、片岡義男「ブックストアで待ちあわせ」(新潮文庫)がとても面白かった。
ポパイの連載記事を、「アメリカの本について書いたものだけを抜き出して1冊にまとめたら面白いと思います」という編集者の言葉にしたがってまとめたのがこの「ブックストアで待ちあわせ」である。
これは、アメリカの本について語られているのだが、片岡義男が手にしたのは実にさまざまなアメリカの本なのである。
小説や評論はもちろん、写真集や画集、幼児向けの絵本シリーズなどがあったりする。
「ビールの空き缶コレクターのためのバイブル」「あなたのフォルクスワーゲンを生かしつづけておくにはどうすれなよいか」といったタイトルだけでも魅力的な本が次々に紹介されている。
しかしこれは、単に素敵なアメリカの本を紹介した軽いエッセイ集にはとどまらない濃い内容なのだった。

 「ABCに苦労する子供たちと、ひらがなで楽をする子供たち」
 「国語の勉強は、実はほんとうの社会科の勉強だったという話」
 「アメリカがアメリカ語を喋るのが聴こえてくる」
 「人生に成功したければ、言葉を勉強したまえ」
 「アメリカの街角で、広告看板や標示を勉強して歩く」

目次に並ぶタイトルをいくつかあげてみれば少しはその濃さが伝わるだろうか。
アメリカの本を入り口に、日米の言葉の認識の違い、文化の違い、教育の違いが語られる。
比較文化論といったら少々堅苦しいが、そんな雰囲気はもちろん無くて、あくまで軽い語り口なのである。
しかしそこで語られる内容はとても濃い。
連載時、多くのポパイ読者は軽いエッセイとして読み飛ばしていたことだろう。

私もアラフォーになってこの「ブックストアで待ちあわせ」を読んでみたら、猛烈に感動してしまった。
この感動をなんとか人に伝えられないのものかと思っていた。
しかし、このブログでどう紹介しようと思ったものの良い案が浮かばず忘れかけていた。
そんな時に、坪内祐三「文庫本福袋」(文芸春秋)を読んでいたらこんな一文に出会ったのだ。
嬉しかった。

<ある人に、片岡義男って面白いね、と言ったら、今さらという顔をされてしまった。
 わかっていないやつだな。
 片岡義男は今、更に面白いのだ。
 そういうやつは、せいぜい、片岡義男のことを、作家として、そしてアメリカ文化紹介者としてしか
 認識していないのだろう。
 しかし、最近の片岡義男は、そういう二つの肩書きを超えて凄いのである。
 肩書き、と書いたのだけれど、今の片岡義男にもっともふさわしい肩書きは、「思索者」だろう。
 言葉を本質的な道具として使用する「思索者」。>

そうか、私は「思索者」としての片岡義男に出会ったのだ!
さすがは坪内祐三、上手いこと言うね(笑)

片岡義男といえば、私が中学生だった80年代中頃、赤川次郎と並ぶ(?)大人気小説家であった。
本屋に行けば、両手をひろげたくらいに、ずらりと本が並んでいた。
片岡義男の小説は、赤川次郎の分かりやすい漫画的面白さとは対照的だった。
そこに描かれる都会的で大人っぽい世界、特に女性の描かれ方は、田舎の中学生にはほとんど分からなかったが、背伸びして読んでいたことを思い出す。
「〜〜だった。〜〜だった。」というハードボイルドな文体も、「文体」なんて言葉すら知らない子供にも、とても印象に残った。
また、角川文庫の赤い背表紙が目に鮮やかだったし、紙質が普通の文庫本とは明らかに違っていた。
佐藤秀明の写真がとても素敵だった。
しかし、文字が少な目で割高な気がしてたなあ(笑)

片岡義男は今どき、一般的には過去の作家なのだろうか。
失礼ながら私もそう思いかけていた。
新刊本でも古本でも、探してみも案外見つからないようだ。
根気よく探して行こうと思う。

なお、この「ブックストアで待ちあわせ」はたったの50円だった。



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