MONOmonologueモノ(物→コレクション)とMONO(モノラルサウンド→レコード)をこよなく愛するオヤジの徒然日記。

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MONO商店入口

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おっとこれは!! 22:47

渋谷にある某デパートの休憩スペース。
ミースのバルセロナ・チェアにコルビジェのLC2だもん。
なんという贅沢な光景だろう(笑)

しかし、フロアもここもがっらがら…。
のんびり座り心地を堪能させて頂きました。
家具屋さんでだって、あまりのんびり座ってる訳にもいきませんから。
ましてや昼寝なんて…(エ”:笑)


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OUT OF THE SIXTIES 00:19

中目黒駅のすぐ前、山手通りに面した入り口からぎしぎしと音を立てる細い階段を上る。
アート系洋書店「アート・バード・ブックス」の入り口に立つ。
どこか入ることをためらわせるような気配がある。
それは知らない世界を覗き観る「ためらい」である。
ためらうような「知らない世界」とは?
例えば、澁澤龍彦の名前からイメージするような禁断の世界と言ったら伝わるだろうか。
太陽光の届かないところで、太陽光を浴びることの無い人たちが織りなす世界、とでも言おうか。
実際どうだったのかは分からないが店内の装飾にはヴェルヴェットがあしらわれていたかもしれない。
昼間でも薄暗い店内は「アート系洋書店」から想像するであろうオシャレな雰囲気とは少し違っている。

引き戸を開けて左右に細長い店内に入る。
右側には天井までの書棚に本が雑然と並び、左側にはうずたかく積まれた本の向こうに店主の気配が感じられる。
窓は無くいつも薄暗く蛍光灯がついていた。
店内は数えきれない程の洋書でいっぱいで、その多くはアートやデザイン関連の本だった。
ハードカヴァ、ソフトカヴァ、ペイパーバック、新刊、古書、雑誌やバックナンバー。
店内は不思議にシンとしていて、それは決して緊張感をともなうような静けさではなくて、手に取るビジュアル本の世界にすっと入っていくためのBGMのような静けさだった。

写真は、デニス・ホッパーが86年に出版した写真集「OUT OF THE SIXTIES」(TWELVETREES PRESS刊)である。
これはアート・バード・ブックスで購入したハードカヴァ。
買ったのはたぶんこのお店ができて間もない頃だったと思う。
今から10数年前のことだろう。

「OUT OF THE SIXTIES」は、ケネディ暗殺ではじまり、ロデオの会場を去る無名のカウボーイのスナップショットで終わる写真集だ。
これは彼自身が撮影した1960年代の残像である。
ファクトリー時代のウォーホルがいる。
ラウシェンバーグがいてリキテンスタインがいる。
ポール・ニューマンがいてピーター・フォンダがいる。
ブライアン・ジョーンズがいて、フィル・スペクターがいる。
これは彼からの自身の青春時代へのオマージュでありレクイエムなのだろう。

最近の中目黒駅周辺しか知らない人には、かつての雑然とした路地やガード下に飲食店のひしめく野暮ったくいかがわしさ漂う一角だったことは想像出来ないかもしれない。
ぴかぴかのビルと風通しの良い広場、そびえ立つタワーマンション。
川岸にあった、ぽっかり何も無い空き地は立派な公園になった。
目黒銀座にあった銭湯はすべて姿を消した。
古びた商店は次々に素敵なショップの入るマンションになっていく。
そして今も駅周辺はもの凄い勢いで姿を変えている。

アート・バード・ブックスは山手通りの拡張工事のために移転してしまった。
山手通りの地下には首都高速道路が通るのだそう。
街はこんな風に変わってゆく。


  映画「イージー・ライダー」で監督・主演として米国の反体制の若者を斬新に描いた
  デニス・ホッパーさんが29日、前立腺がんの合併症のため、ロサンゼルス近郊の自宅
  で死去した。
  74歳だった。
  米メディアがホッパーさんの友人の話などとして一斉に伝えた。
  末期の前立腺がんで闘病中で、家族や親しい関係者らに最期をみとられたという。


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おじいちゃんの絵 3 22:27

今回も祖父の絵である。
これは「コドモアサヒ」の昭和13年12月号に掲載されたモノである。
明るくモダンな雰囲気は突如として失われている。
たったの1年に間にこのような変化が起きたことに驚く。
ある意味こちらのほうが昭和10年代のイメージにはふさわしいのかもしれない。
つまりは戦争の時代という認識。
しかし恐ろしい。
時代とはこのように一瞬にして空気を変えてしまうのだろう。
これもまた確かに祖父の絵なのである。



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おじいちゃんの絵 2 00:01

前回に続き、「コドモノクニ」に掲載された祖父の絵である。
なんと、表紙も手がけている。

戦災で焼けてしまったため、彼の仕事は家族の元にまったく残されていない。
なんとか彼の足跡を辿ることが出来ないものかと思うものの、どこから手をつけて良いのか分からない。
彼の作品を出来るだけ集めたい、というのが私の野望である。


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おじいちゃんの絵 17:44

これは私の祖父が描いた絵である。
昭和12年5月号。
つまり戦前の「コドモノクニ」(注)に掲載されている。
おだやかで優しさにあふれた情景である。
戦前とは思えないモダンでカラフルな世界である。
祖父はイラストレーターでありデザイナーだった。

祖母は美容師だった。
彼女は上野の大きな料亭の娘で、庭にはなんとボートの浮ぶ池があったそうだ。
学校には車で送り迎えされ、友だちと通えないのが寂しかった、というくらいのお嬢様であった。
短大を出て、手に職をと美容学校に通ったのだそうである。
先見の明があったのだ。

子どもが出来るまでの間2人は、銀座のエレベーター付きのマンションに住んでいたという。
仕事柄作家など交友関係も華やかだったらしい。
ベーブルースのサインボールを持ってきてくれたこともあったのよ、と祖母から聞いたことがあった。
戦争前にはとっても良い時代があったの、とも言っていた。
大正から昭和にかけてのつかの間、平和でモダンな時代があったのだ。
その時代、2人はモボモガそのものであった。

そんな生活も戦争によって突然終わりを迎えた。
一家で動物園に出掛けようとしたとき、「アカガミ」つまり軍隊への召集令状が配達されたという。
私は幼い頃にその時の話を聞いた。
「アカガミ」という響きとともに強烈な印象を残した。
見たことの無いはずの光景が脳裏に焼き付いている。
私にとってのある種の「戦争体験」のようなものだ。

祖父は戦争に行き、サイパンで亡くなった。
彼の作品や想い出の品々のほとんどは東京大空襲で焼けてしまった。
彼の写真は1枚だけしか残っていない。
私の母は幼かったため父親との思い出が無い。
祖母は戦後、女手ひとつで3人の子どもを育て平成18年に97歳で亡くなった。


祖父と祖母が暮らした銀座のマンションは銀座に今でも残っている。
代替わりなどで無くなってしまう前に一度訪れたいと思っている。


(注)
「コドモノクニ」とは?
「コドモノクニ」は、1922年1月に創刊され、44年3月に終刊を迎えるまで23巻265冊を数えた、日本を代表する絵雑誌です。
幼児を対象に、絵・おはなし・童謡・舞踊・劇・工作などをとりいれ、形態でも内容でもそれまでの児童雑誌の通念を打ち破る、芸術性豊かな絵雑誌として、東京社から刊行されました。
縦26cm, 横18.5cmという大型の判型で、厚手の画用紙に似た紙を用いたのは、絵を見やすくし、子どもたちが何度もページを繰っても破れないようにとの配慮からでした。
このため、多色印刷の効果が見事に発揮され、多くの才能ある画家が子どもたちのために創作活動を行う舞台となりました。
当時、日本は大正デモクラシーの潮流にのって、子どもの個性や自我を尊重しようとする、新しい教育理念が旺盛でした。
画家たちが企画に参加し、あるがままの子どもを直視し、真剣に子どもの心を問い、子どもたち自身にページの中に自分を発見させることを目指しました。
代表的な画家としては、既に子どもの雑誌で活躍していた、岡本帰一、武井武雄、清水良雄、川上四郎、初山滋、本田庄太郎に加え、東京社ゆかりの竹久夢二、細木原青起などが上げられます。

 国立国会図書館国際子ども図書館 絵本ギャラリー「コドモノクニ」特別サイトより引用
 http://www.kodomo.go.jp/gallery/KODOMO_WEB/index_j.html



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