MONOmonologueモノ(物→コレクション)とMONO(モノラルサウンド→レコード)をこよなく愛するオヤジの徒然日記。

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聴かないレコード、聴けないレコード 18:23

ずっと私はレコードを買っている。
いっときCDがメインになったこともあるが、ずっとレコードを買い続けている。
中学生の頃から暇さえあれば中古レコード屋へ通う生活である。
考えてみればもう30年になる。

30年とはずいぶん長いな(笑)。

30年とは、月に換算すれば360カ月である。
月に1枚のレコードを買ったとして360枚である。
それだって相当な数である。
しかし、それ以上のレコードがわが家にはある。
どのくらいかは分からない。
知らないし、知りたくない。
月5枚買ったとして1800枚か。
もっとあるような気がする(笑)

そんなにたくさんレコードがあってどのくらい聴くのか、とあなたは思うかもしれない。
もっともな疑問である。
答えはとてもシンプルである。

聴くレコードはひんぱんに聴くし、聴かないレコードはまったく聴かない。

つまらない答えかもしれない。
当たり前な答えである。
好きな音楽は繰り返し聴くし、好きでない音楽は聴かない、ということだ。
レコードは、好きな音楽を聴くためにある。
だから、好きではない音楽をわざわざ聴くことはしない。
しかし、「聴かないレコード」イコール「好きでないレコード」ではない。
聴かないレコードにもいろいろある、ということだ。

自分のレコード棚から、目をつぶって1枚抜き出してみる。
手にしたレコードについて私はいろいろと説明することができるだろう。
アーティストについて、そのアルバムについて、この曲が好きでね、などとという風に。
つまりレコード棚には私の好きなレコード、つまり好きな音楽が詰まっているということだ。
30年かけて手元に集まったレコードから、好きな音楽が凝縮されレコード棚に並べられている。
そう、これまでに買ったレコードのすべてを所有し棚に並べているのではない。
買ったものの気に入らず処分したレコードも多い。
そのようにしてレコードコレクションはその質を凝縮していくのだ。

新たに買ったレコードが気に入ればレコード棚に収納されることになる。
レコード棚に1枚追加するということは、ストックへと移さざるを得ないレコードが1枚発生する、ということだ。
レコード棚のスペースは限られているから、追加するためにストックへ移されるレコードが生まれてしまう。
迷った末にストックへと移されるレコードを私は嫌いな訳ではない。
仕方なく移さなければいけないのだ。
このようにして、私のレコード棚は新陳代謝を繰り返している。
レコード棚は生きているのだ。

好きなレコードでもストックへ移さざるを得ない、ということが起きることを述べた。
好きなレコードが少しずつ増えていくということが問題なのである。
好きなレコードとの出会いを求めて、私はレコードを買い続けているのだ。
限られたレコードの収納スペースは埋め尽くされ、ストックも増えていく。
手の届く範囲にあるのは好きなレコードばかりである。
ストックも好きなレコードばかりである。

それらをすべて私は聴くのか。
無理である。
好きなレコードの中でも相当好きなレコードしか聴いていない。
収納スペースも限られているが、レコードを聴く時間も限られている以上仕方のない問題だ。
レコードを持っていて、大好きなのに聴かないレコードも相当数ある、ということだ。
大好きなのに、しばらく聴かないうちに聴くレコードリストから外れてしまうということも生じる。
大好きなレコードを記憶するにも限界がある、ということだ。
厳選されたレコード棚のレコードですらそうなってしまうのだ。

大好きなのに聴かないレコードは増えていく。
しかし私はレコードを買う。
なんて貪欲なんだろうと自分でも呆れる。

写真は、私の手元にある「聴けないレコード」の1枚である。
「聴かない」のではなく、「聴けない」のだ。
このレコードは、ジャギジャギのキズが両面にあるため、針が飛んでしまい聴けないレコードなのだ。
オークションで落札し、届いたらこの状態だった。
頭にきた。

こんなコンディションのレコードをぬけぬけと出品しやがって!

念のためオークションページを確認したら、きちんと「ヒドい状態」だと書かれていた(笑)。
どうりで入札するライバルがいなかった訳だ。
トホホ。
しかし、このレコード、キズがなくても聴かないレコードかもしれない。
どうやら大変な珍盤らしい。
ア〜ア。

<参考情報>
ART BLAKEY
ORGY IN RHYTHM VOLUME 1
(BLUE NOTE RECORDS, BLP1554)
47 WEST 63rd. NEW YORK 23
コーティングジャケット、深溝、耳アリ、Rナシ、手描きRVG

でも聴けない(笑)。


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| RECORDS - JAZZ | comments(6) | trackbacks(0) | posted by mono-mono
とってもBEAUTIFULなレコード 11:35

手にした瞬間ビビっときた。
レコード屋の棚からこのレコードを抜き出した瞬間、私は心を奪われた。
ジャケットがほんとうに美しい。
白黒写真がはっとするほど素晴らしい。
ジャケットには全面にコーティングが施されている。
まるで新品のようなコンディションなのである。

これはパブロのレコードだ。
パブロ・レコードのイメージは素敵さとはほど遠い。
これまでもこのブログでさんざん指摘してきた通りである。
しかしこのレコードは例外である。

この美しさは奇跡的といってもいい。
ジャケットの写真もデザインも、当然のようにノーマン・グランツ氏が手がけている。
いくつかの幸運な偶然が積み重なって生まれた美しさであろう。
だってこれは、パブロのレコードなのだ。

このジャケットの素晴らしさは、このレコードの主役であるジョニー・ホッジズの美しさに他ならない。
彼が演奏している姿を斜め後ろから捉えた写真の素晴らしさがこのジャケットの素晴らしさのすべてだ。
ノーマン・グランツ氏は、コンサートをステージ袖で見ていて、この写真を撮ったのではないか。
このコンサートを企画して、運営して、録音してこのレコードを作ったのだろう。
すべてはノーマン・グランツ氏の手によって作られたレコードなのだ。
つまり、ノーマン・グランツ氏が感じたジョニー・ホッジズの美しさ、それがこのレコードに表現されているということではないだろうか。

この写真はどの程度トリミングされたのだろうか。
たぶんそれほど切り落とす部分はなかったのだと思う。
美しい写真を撮り、的確にトリミングし、シンプルに文字をレイアウトしたこと。
デザイン的な作為性をごく何気ない範囲におさめたこと、それによりこのジャケットは奇跡的な美しさを獲得することができた。
ノーマン・グランツ氏のいつもの洒落っ気が顔を出さなかったこと、それによりこのレコードの美しさは完成した。

Johnny Hodges At Sportpalast, Berlin (PABLO RECORDS, 2620-102)
Sportpalast, Berlin, West Germany, March, 1961

Johnny Hodges (as)
Lawrence Brown (tr)
Ray Nance (cor)
Harry Carney (bs)
Al Williams (p)
Aaron Bell (b)
Sam Woodyard (ds)

このメンバーでエリントンナンバー集。
2枚組。
楽しくて仕方が無い。
最初、堅い音だなあと思った。
これがドイツパブロということなのだろう。
聴けば、なるほど悪くない。

ホッジズのアルトってほんとうに美しいなあ。



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| RECORDS - JAZZ | comments(0) | trackbacks(0) | posted by mono-mono
あなたならどうする? 針飛びレコード編 12:13

シュリンクラップのかかった「フォア&モア」を私が手にいれることができたのは、幸運以外の何ものでもない。
見つけたのは、とある中古ジャズレコード専門店のバーゲンコーナーだった。
壁にはブルーノートの有名盤が数十万円で飾られているような店なのだ。
それは一瞬目を疑う光景だった。
シュリンクラップのかかった「フォア&モア」が床に置かれたバーゲン段ボール箱に押し込まれていたのである。
中古ジャズレコード専門店に足を運ぶような人なら誰だって、このレコードをだまって見過ごすなんてことはできないだろう。
なにしろ「マイルス・デイヴィス、」「フォア&モア」「モノラル盤」なのである。
バーゲン箱に突っ込まれているのだから、盤の状態が必ずしも良くないことは想像がついた。
問題は、どのくらい悪いのか、である。
とはいえまさか、針飛び盤ということもないだろう、と私は思った。
となれば検盤する前に、私は買うことをほぼ決めていた。

店主にことわってレコードをチェックさせてもらった。
ジャケットは何しろ「シュリンクつき」であり問題ない。
ここで肝心なのは、レコード盤の状態だ。
コンディションは全体として思ったよりずっと良い状態だった。
こまかいキズがちょこちょことあったがそれは予想の範囲内である。
ただし一カ所、気になるところを発見してしまった。
鉛筆の頭くらいの大きさで、にぶく光を吸収しているところがあった。
まるでブラックホールのように(笑)。

「このキズは危ない」
針飛びするかもしれない。
そう思いながら、何度も角度を変えて盤を眺めてみる。
そんなことをしてみても、気になる箇所が小さくなる訳でも無くなる訳でもないし、針飛びするかしない確認できるのでもない。
思いきってカウンターの向こうの店主に針飛びについて尋ねてみた。
「たぶん大丈夫だと思うよ」と気の無い返事。
店主はこのレコードの状態をきちんと確かめているのだろうか?
あるいは針飛びを知っていてすっとぼけているのだろうか?
壁にはブルーノートの有名盤が数十万円で飾られているような店なのだ。
結局は「バーゲン箱のくずレコード」ということなのだろう。

どうする? と私は自分に問いかける。

おそらく私がフォア&モアのシュリンク盤を手に入れるチャンスは今しかないだろう。
マイルスの人気盤であり、廃盤レコード界において決して安くないレコードなのだ。
針飛びがあるか、ないか、ウ〜ん…。
決断のときだ。

「これいただきます」
いや、正直に言えば、迷うふりをしただけであった。
迷うまでもなく、このレコードを手にしたときから買うことは決まっていたのである。

覚悟の上だったとはいえ家に帰り、レコードを聴いて実際に針が飛んだ時にはかなりがっかりした。
そう、針飛びしたのである。
ため息とともに、やっぱりか、と思わざるを得なかった。
モノラルカートリッジの針圧を上げて試してみても針飛びに変化はなかった。
飛ぶものはしょうがない。
ならばキズを直すのみだ。
入念にレコードを磨いた後、私はルーペと爪楊枝とマチ針を用意した。

レコードをルーペで覗いてみる。
拡大されたレコードの溝は美しい。
肉眼ではまっすぐな溝が整然と並んでいるように見えるが、拡大すると溝それぞれが独自のカーヴで左右にうねっていることが分かる。
その美しくも不規則に並ぶ溝の中、半分くらいの高さにつぶれているところが見える。
そこが針飛び箇所のようである。
爪楊枝を手にし、とがった先を溝にそって滑らせる。
キズの部分にさしかかると、手に軽い振動が伝わって来る。
ごく小さな「カリっ」というような感覚だ。
それを数回繰り返す。
そのたびに手に小さなキズの手応えが伝わってくる。

再びレコードを聴いてみる。
軽いキズの場合にはこれの程度で直すことができる。
今回、爪楊枝では直らなかった。
次はマチ針の出番だ。

レコードは弱い、と思っている方が多いだろう。
確かに、落としたり、堅い何かが当たったり、うっかり爪で引っ掻いたりすれば簡単にキズがついてしまう。
実際レコードはキヅつきやすい。
キズは再生の際にぷつぷつとノイズを生む。
これは悲しい。
しかしレコードは、溝レベルでいえば大変に丈夫なメディアだ。
レコードを聴くという行為はダイヤモンドなみに堅い針で、溝を引っ掻くということだ。
LPは3分間に100回転する。
1秒間におよそ50センチ以上進むようだ。
そのような回転スピードを想像してみれば、相当な引っ掻き具合だということが分かる。
数十年前に作られたレコードは、いったいこれまでに一体何度引っ掻かれ、聴かれたことだろう。
それでもレコードの音はさほど劣化することなく平然と音楽を鳴らす。
レコードはキズに弱いが、レコードのミゾはとても強いのだ。
そして、ミゾは強いだけでなく美しい。

私は手にした爪楊枝をマチ針に持ち替えてキズの部分を再び修正する。
やることは爪楊枝のときと同じ。
マチ針を溝に沿って軽く滑らせるのだ。
むやみに力は加えてはいけない。
溝に沿わせて針を滑らせてあげれば良い。
これを数回繰り返し、レコードを再び再生してみる。
すると、針飛びはなくなった。
プツプツとノイズは入るが、これで音楽が楽しめる。
心からマイルスの音楽を楽しむことができる。

MILES DAVIS / "FOUR" & MORE, RECORDED LIVE IN CONCERT (CL 2453)
コンディションは、<ジャケット:NM><盤:VG−>といったところだろうか。









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レコードジャケットに落書きしたことある人、手をあげて 09:02

私が買うレコードのほとんどは中古品である。
新品を買うこともあるが、それはごく稀である。
発売から数十年を経て私が入手する中古レコードは、すでに誰かが所有していたもの、ということだ。
つまり、少なくとも一人以上の手を経て私のところへやってくる。
そのため、1枚ごとのレコードの状態はさまざまである。
当然、経年変化による傷みは避けられない。
キズやスレ、割れなどは仕方が無い。
濡らして乾いた後があったりもする。
しかしなかには、経年変化による傷み以外に、元の所有者の「あと」が残るレコードがときどきある。

ジャケットの曲名に、印が付けられていることがある。
レコードを買った日付や買った店名が書かれていることがある。
人名が書かれていたり、日本なら印鑑、アメリカなら名前のスタンプが押されていることがある。
無意味な落書きがされていたらさすがに私は買わないが、そんなレコードを面白がって蒐集しているコレクターも存在するという。

元の所有者の「あと」が残るレコードを私は信じられない想いで眺める。
できるだけ新品近い状態がベストとする私のような普通のコレクターからすると、ジャケットに手を加えるなんて、と驚くばかりである。
しかし人によっては、買ったレコードに手を加えることによって売り物のレコードが「自分の所有物」になった気がするのかもしれない。
世界に一つだけのレコード、ということか。
そんな気持ちは分からないでも無い。
でも私はやらない。

ジャケットの書き込みから元の所有者が分かっても、普通は何とも思わない。
例えば書き込みから、「高橋雄一(仮名)」さんが持っていたレコードだと分かっても別にどうということはない。
会うことは絶対にない高橋さんへ、ジャケットに名前書くのはやめようよお、と心の中でつぶやくくらいある。
住所が書かれていたときに、その場所を知っていれば、あの辺に住んでいた人が持っていたのか、と思うくらいである。

しかし、ジャケットの「あと」から分かる元の所有者が有名人だったことが分かれば、話はぜんぜん違ってくる。
元の所有者が自分の好きな人だった場合、状況はまったく異なる。

私の持っている中でもっとも貴重なレコードはこの1枚につきる。
これを超えるレコードにはきっと出会うことはないだろう。
これは、村上春樹氏が所有していたレコードである。
彼が「ピーター・キャット」というジャス喫茶で使用していたレコードである。
その「あと」である「ピーター・キャット」のスタンプがばっちり押してある。
しかも村上春樹氏のフェイバリットミュージシャンはスタン・ゲッツなのだ。
これを見つけた時、驚きのあまり震えがきた(笑)。
これぞお宝レコードではないか。

今回発見したレコードには「ミッキーカーティス」というスタンプが押されていた。
「ミッキーカーチス」ではなく、「ミッキーカーティス」。
そうか、カーティス・メイフィールドと同じカーティスなわけだ。
このスタンプのおかげかは分からないが格安だった。
だから買った。
そう、私がミッキーカーチス氏を好きかというとそれはちょっと違うということだ。
嫌いということもないが、彼のことも彼の音楽のことも私はほとんど知らない。
日本ロックシーン黎明期のスターであり、70年以降はプロデューサーとしても活躍している、ということを少し知っているくらいだ。
唯一のはっきりした記憶は、岩井俊二の映画「スワロウテイル」での刺青の彫り師役だ。
その場面が私にはとても印象に残っている。
彼がカウントベイシーとビリーエクスタインの共演盤をかつて所有していたというのはとても興味深い。

そういえば確か、ミッキーカーチス氏は最近再婚したって深夜番組で語っていた。
スゲ。


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The Definitive Jazz Scene 10:14

レコードを2枚持ってレジカウンターへ。
検盤をお願いした。
コンディションは思った通りだったので2枚とも買うことに決めた。
すると店員さんが、3枚なら割引になるセール中だという。
もう1枚いかがですか、と言う。
欲しいとまでは思わなくても気になってスルーしたレコードがある。
では、店内をもう一回りしてみようか。
先の2枚を手に持って、あらためてレコード棚のチェックを開始した。

気になったレコードをもう一度手にしてみるが、買うほど欲しくはない。
ではもう1枚をどうするか。
普段はあまり見ない「V.A」コーナーが目に飛び込んできた。
そこには大好きなインパルスレコードのまったく知らないレコードが混ざっていた。

  The Definitive Jazz Scene Volume1 (AS-99)

値札には「オレンジレーベル(写真中央参照)」と書いてある。
ジャケットデザインも悪くないし値段も手頃だった。
ジャケットのタイポグラフィはアーティス名を色違いで繰り返している。
で、どんなアーティストだろう?
ベイシーにコルトレーン、エリントン&ホーキンス、シェリー・マンなど私の大好きな名前が並んでいた。
そして、一番下、最後の1行にはこう書いてあった。

A collection of rare and previously unreleased recordings

ん?
こ、これは?!

このミュージシャンの未発表曲集で、しかもインパルスからのリリースとくれば、これはもう大変なレコードではないかッ!
このレコードの重要性がこの瞬間一気に理解できた。
正直、びっくりして固まってしまった(笑)。
だって、例えばベイシーの「カンサスシティ7(AS-15)」、シェリー・マンの「246(AS-20)」からの未発表アウトテイクが聴けるのだ。

家に帰って早速針を落とした。
1曲1曲の雰囲気がまるで違う。
当然だ。
ミュージシャンが違い、レコーディング時期が違い、作品のコンセプトが違う。
同じなのはおそらく、ルディ・ヴァン・ゲルダー録音という点のみ。
1曲づつが、それぞれのレコードの世界をそのまま持っていて、それぞれのレコードそのままの音がする。
でもそれは、まったく聴いたことのない曲なのである。
特に、カウント・ベイシーの「TREY OF HEARTS」が本当に素晴らしい。
元のレコードを聴いたことがなければ意味のないことなんだけれど。

このレコードがVolume1ということはつまり、Volume2があるということ。
その番号は、AS-100。
是非欲しい。


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