MONOmonologueモノ(物→コレクション)とMONO(モノラルサウンド→レコード)をこよなく愛するオヤジの徒然日記。

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美しいスピーカー 08:53

古いスピーカーを使っている。
1950年代後半にアメリカで作られたとても古いスピーカーである。
古いスピーカーだからといって、別に古くさい音がする訳ではない。
戦前などを描いたドラマで聴こえてくる、当時のラジオのような音では決してない。
ウチで音楽を聴いて、そうと知らなければ、古いスピーカーから流れていることに気がつかないだろう。

このスピーカーはとても大きい。
直径が15インチあるスピーカーユニットだ。
15インチとは、およそ38センチの大きさである。
その15インチのスピーカーユニットが、大きな箱に入っている。
こんな大きなスピーカーがどうして必要なのか、とあなたは訊くかもしれない。
どうして必要なのだろう?
その問いに私は答えられない。

先日、アンプとスピーカーをつないでいる電線を交換した際に、久しぶりにスピーカーボックスを開けた。
ずっしりと重いスピーカーユニットを取り出す。
鋳物でできたスピーカーユニットは9キロほどの重量がある。
取り出したスピーカーユニットにはほこりが積もっていた。
傷つけたりしないよう、やさしく慎重にほこりをはらい、ユニットを磨く。
その後でしげしげと眺めた。

スピーカーユニットの正面中央にあるアルミのセンタードーム。
コーン紙のゆるやかなカーヴ。
とても良い顔をしている。
そしてこのスピーカーユニットの裏側の姿がとても美しい。
フレームのグレイと磁気回路の入ったバックカバーのグレイ。
そこに付けられたメーカープレートにちらっと使われているゴールド。
なんという美しさだろう。

これを眺めながらレコードを聴きたい、と思う。
しかしスピーカーユニットは箱に入れて使うもの。
眺めるためのモノではない。
なので写真を撮った。
そしてスピーカーユニットは音楽を奏でるために箱に収められた。

さて、今日はどのレコードを聴こうか?



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電線の問題 22:49

白黒の電線を買ってきて、それまで使っていた赤黒の電線と交換した。
この電線は、音楽を聴く際に必要な電線だ。
アンプとスピーカーをつないでいる電線なのだ。
白黒も赤黒もアメリカ製の業務用電線である。
お手頃価格で評判が良い。

興味の無い方には、アメリカ製の業務用電線なんてものが売られていることに、まず驚くことだろう。
お手頃価格の電線? 電線に評判なんてものがあるの? と驚くだろう。
この電線は、アメリカで放送機器用の電線を作っている会社が、アンプとスピーカーの間に使うことを前提に開発した電線なのだ。

私は音楽が好きだ。
今でも暇さえあればレコード屋を覗いてレコードを探すほどだ。
私の好きな音楽の多くは今から50〜60年前に録音された。
そのため、レコードが録音されたのと同じ時代のオーディオを使っている。

つまり、60年くらい前、アメリカで作られたアンプを使っている。
このアンプには合計8本の真空管が使われている。
スピーカーも同じ頃のアメリカ製だ。
直径40センチもある大きなスピーカーが小型の冷蔵庫くらいの箱に収まっている。

あるウェブサイトで、そのスピーカー製造販売元の古いカタログを見つけた。
その古いカタログには、スピーカーに最適な電線の太さが「20awg」と書かれていた。
「awg」とは、アメリカの電線の太さを表す単位で、数字が大きいほど電線は細くなる。
これまで使っていた赤黒の電線は「16awg」だった。
現行商品で「20awg」の電線を探したが見つからず、「18awg」の白黒の電線を見つけた。
白黒は赤黒より細い。
少々頼りなくも見える。
しかし、わが家でつかっているスピーカーにはこの電線のほうが指定の太さに近い。

赤黒の電線は5年間ほど使ってきた。
もちろん音楽を聴く上での問題は無い。
気持ちよく音楽が聴ける。
ではどうしてアンプとスピーカーをつないでいる電線を変えるのか、とあなたは思うだろう。

電線を換えると、今までとどのように響きが異なるか、真剣に聴く。
大好きな何度となく聴き込んできたレコードにじっくりと音に耳をこらす。
それは新たな音楽体験と言って過言ではない。
新たな耳で、新たな気持ちでレコードに向き合うのだ。
これはつい、ぼんやり音楽を聴き流してしまいがちな自分の耳に対する挑戦ということなのだ。
音楽を、音を楽しむとは、私にとって、このような行為のことをいう。

アンプとスピーカーをつないでいる電線を換えると音が変わる。
その音が良いか悪いか、誰しも気になるところではある。
しかし、買ったばかりの電線は使うことによって音が成長してゆく。
最初は堅いよそいきな響きかもしれない。
使い続けることによって心地よい親密な音に変わってゆく。
電線で音が変わるなんて信じられない、とあなたは言うだろうか。
その変化はあなた自信に試していただくほかない。
残念ながら一体型のコンポをお使いの方には難しいが、興味があって、可能ならば、是非お試いただきたいモノだ。


たかが電線、されど電線。
なんて(笑)



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デジタルはアナログを目指す 22:12

かつて読んだ、デジタルはアナログを目指す、という言葉が忘れられない。
これはオーディオについて語られた言葉である。
つまり、コンパクトディスクだとかデジタルだとか言ったって、音楽メディアとして完成の域にあるレコードの音質にいかに近づけるかを競っているだけじゃないか、ということだ。
この言葉は、CDが一般に広く普及し、オーディオにデジタルの時代が来たと言われていた頃のモノと思われる。
レコードはもはや時代遅れになり、完全に無くなってしまうのではないかと思われていた時代が確かにあった。
90年に、代表的なレコード針メーカーである「ナガオカ」が倒産し、多くの人がこれをアナログ時代の終わりが来たと思ったことだろう。
私自身、いよいよCD一本でいかないとなあ、と思ったことを覚えている。
大学に入学した頃のことだった。
遠からずレコードは廃れるだろうと思った。
時代は間違いなくそのように進んでいたはずだ。

「デジタルはアナログを目指す」
この言葉を読んだ時はそれほどでもなかった。
言わんとすることをはっきりと理解出来なかった。
「どうしてデジタルがアナログを目指さなくてはいけないのか?」
しかしその後も私の胸にずしりと残り、折に触れて思い出された。
もとはオーディオについて語られた言葉であるが、コンピュータの普及した世界において、これほど本質を突いた言葉も無い、と今は思う。
PC、インターネットにおいて実験され実現されてきたすべてはまさに、アナログ世界の再現に他ならない。
現在皆の注目を集めている電子書籍は、「本」の再現だ。
電子書籍アプリでのページをめくるという行為は、いかに「本」の読み心地を再現するかに腐心しているとはいえないか。
イラストレーターの友人は、ペンタブレットでイラストを描くようになって久しいが、機材がバージョンアップするたびに筆や鉛筆で描いている感覚に近くなる、と言う。
それなら筆や鉛筆のままでも良かったじゃないか、と笑って言う。

「デジタルはアナログを目指す」
これは、一関にあるジャズ喫茶「ベイシー」のご主人である菅原氏の言葉だ。
早速、本棚から<ジャズ喫茶「ベイシー」の選択>を引っ張りだしてその箇所を探してみた。
引用してみよう。

  ある雑誌にぼくは「デジタルは今後限りなくアナログに近づこうと変な努力をする悲劇のヒロイン
  だ」みたいなことを書いた憶えがあるが、本当は喜劇的だと思っている。
  (中略)
  ぼくは、誰がなんといおうとアナログレコードの音が好きだ。

この言葉が、いつ菅原氏によって書かれたのかも気になる。
いつ書かれたにしろ相当な見識である。
私の持っている<ジャズ喫茶「ベイシー」の選択>は、01年に出た講談社+α文庫版である。
オリジナルは、93年に出た単行本である。
その単行本はもともと、ステレオサウンド誌の連載「ぼくとジムランの酒とばらの日々」をまとめたものである。
「ぼくとジムランの酒とばらの日々」がステレオサウンド誌に連載されていたのが、88〜92年であり、推察するに90年前後にこの言葉は書かれたのだろう。
なんと、先見の明があり、示唆に富んだ言葉だろう。

今となっては誰もレコードが無くなるとは思っていない。
レコードよりむしろ、CDの存続が危ぶまれる時代になってきてしまった。
CDは確実にデータ配信に取って代わられつつある。
一方でレコードは意外に健闘している。
古い貴重なレコードは現在も活発に取引されている。
そして、レコードを再開した、という音楽好きもゆるやかに増えている。
いっときは風前の灯だったレコードプレイヤーやカートリッジも、普及品から高級品までさまざまな選択肢が用意されている。
また、クラブDJの活躍によってレコードはオシャレアイテムにまで存在が高まってもいる。
映画「3丁目の夕日」のヒットで、失われつつあるレコードを懐かしむ人々も多い。
もっとも、そのような人たちは、「レコードってパチパチいうのが良いよね」とか、「レコードは優しい音がする」などと言う。
これらは驚くべき誤解である。
レコードは懐かしさの増幅装置では決してない。
レコードで音楽を楽しむ人は、レコードでこそ音楽が楽しめると思っているのだ。
<ジャズ喫茶「ベイシー」の選択>から再び引用する。

  袋からレコードを取り出し、おもむろにゴミを拭いてから静かに針を下ろすと、さあ、これから演
  奏が始まるゾ、というパチパチ音がたまらない。などとは一言もいっていない。
  土台、”パチパチ音”などなんとか出さないように心血を注いで来たのではなかったか?!
  はっきりいおう。レコードは、ジャケットがいいのと、音がいいのと、長持ちすること以外は全部
  CDにしてやられたのだ。

そう、普通の人は、レコードを聴く人が、いかにパチパチ音がでないようにするかに苦心しているのか、を知らない。
優しい演奏が録音されたレコードから優しい音が聴こえたならそれは正しい。
過激な演奏が録音されたレコードから優しい音が聴こえたなら、そのオーディオは正しく調整されていないことを疑ったほうがよい。
「優しい音がする」ことがレコードの良さでは必ずしもないのだ。
レコードで音楽を楽しむという行為は、CDやPCオーディオ同様、現在進行形で続いているのだ。

写真は先日、探し物で訪れた東急ハンズで偶然みつけたブラシだ。
「エレスター・M」という「静電気とホコリを同時にカット!」することができるのが売りのブラシだ。
「導電性繊維サンダーロンを使用してーー」とパッケージに小さく書かれていた。
「サンダーロン」
この言葉に私はビビっときた。
それは以前オーディオ誌でみかけたレコードアクセサリーの宣伝文句にあった単語である。
レコードやCDに発生する静電気を除去するための商品にサンダーロン・シートが使用されているとのことだった。
これにより静電気を取り去ることができ劇的に音質が改善されるらしい。
つまり、レコードの”パチパチ音”とさよならできるはずなのだ。
しかし、オーディオ関連の商品は高価なものが多く、気にはなってもなかなか購入には至らない。
幸いこのブラシは普通の家庭用品なので普通のお掃除ブラシ価格。
試してみる価値有りとみた。

ということで買ってきてレコードやCDをさらさらっと撫でてみた。
静電気が無くなってゆく。
ホコリも取れていくようだ。
これはいいぞ。
で、音は??

明らかに楽器の透明感が増し、ヴォーカルの延びもはっきりと違う・・・

ような気がする(笑)
騙された、でも良いではないか。
この「気がする」というところが大事なのだ。
それで十分ではないか(笑)





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ステレオ! 16:05

物置の奥からポータブルプレイヤーを引っぱり出してきた。
うちにはポータブルプレイヤーが2台あって、以前紹介したのは真空管の入ったモノラルの方だった。
これはステレオで聴くことができるのだ。
2台のポータブルプレイヤーは、製造年にして10年くらいの開きがあるのだろうか。
70年以降の製品だと推察するがどうだろう?

ポータブルプレイヤーには小さなターンテーブルがついている。
LPだってもちろん聴けるけど、ぴったり収まるシングル盤やEPがよく似合う。

ここはひとつ、僕が生まれた頃のヒット曲を聴いていこう。
仕舞い込んでしまっていたドーナツ盤をひとつかみ持ってきてみる。
ビートルズ、ストーンズ、CSN&Y…などなど。
メアリー・ホプキンなんてのもあった。
この頃の少年少女たちはきっと、おこずかいを貯めて買ったシングル盤やEPを、繰り返し何度も何度も聴いたことだろう。
ちょうど僕が少年だった頃、ミニコンポでおこずかいを貯めて買ったLPを、繰り返し何度も何度も聴いたように。

針を持ち上げる。
レコードが回りだす。
レコードの外周に慎重に針を置く。
イントロの途中に降ろしたならやり直しだ(笑)

片面3・4分の夢の時間。
未知の世界に出会う瞬間。
外国から届くラブレター(笑)

ぺらぺらの、紙1枚のジャケット。
洋楽なら裏にある解説を読む。
7インチ盤には片面せいぜい1曲2曲。
解説を終わりまで読む間もなく曲が終わってしまう。
針を最初に戻してもう一度聴きながら続きを読む。
そしてレコードを裏返す。
忙しい。

せわしないがしょうがない(笑)
これがポータブルプレイヤーの醍醐味なのだ。
次はどれかけようかなと考えながら。

穏やかな休日の午後にポータブルプレイヤーで昔のヒット曲を聴く。
贅沢なひとときだなァ(笑)


過去の記事はこちらからご覧下さい。

 > ポータブル・プレイヤで聴くドーナツ盤







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危機一髪 00:37

チビが2名もいるわが家は危険が一杯。
これ、子供達がけがしたらどうしようという親心の話ではない。
うっかりしようものなら大切なあんなものやこんなものが、あんな風にもこんな風にもなってしまいかねない、という話。
危険は日常のふとした場面、ちょっとした油断につけ込んでくるから気を抜けない。
以前からやばい危ないと思っていたのだがそのうち、なんて思っているとこんな悲惨なことになってしまうという教訓。
子供の成長とともに去る危険もあれば、増す危険もあるということだ。

おとうさん、水こぼしちゃった…。

何かと思えば、た、た大変だァ!
スピーカーの横に置いてあった観葉植物の鉢に水をやっていたところ勢い余ってC36に思いっきり掛かっているじゃないかァ、息子よ!
サランネットの下三分の一に、嗚呼なんてことだ、水がかかってる。
下には水たまりができてるじゃないか。
慌てふためいてタオルを手に取り拭き取るのだ。
思ったよりエンクロージャーにはかかってないかも。
とホッとしたのもつかの間、水気を拭っていてふと気付く。

ユニットには、コーン紙にはまさかかかってないよね??

や、やばいよ、まずいよ、最悪だよ。
サランネットなんてゼンゼン水通すじゃないか。
あたりまえだけど、サランネットなんて網だもん。
まさか悲惨なことにはなってないよね。
エンクロージャーの裏蓋開けてユニットを外す。
しかしこんなことで久しぶりにエンクロージャー開けることになるとはね、とか言ってる場合じゃないぞ。

ああよかった、救われた。
水滴がコーン紙にうっすらかかっているもののダメージを及ぼすほどではなかった。
コットンを次々取り替えながら押さえて水気をとり、しばし乾燥させる。

その間、改めてじっくりとユニットを鑑賞する。
しかしなんて美しいスピーカーだろう。
フィックスドエッジからアルミセンタードームへと至るコーン紙の曲線美。
センタードームへときゅうっと深まるR(アール)がなんとも悩ましい。
男性的なフレームの骨格、そしてグレーが素敵だ。
スピーカー端子なんてところにまで神経の行き届いたデザインは圧倒的にして感動的だ。

こんなことでもなければかなかなこんな風に鑑賞する機会も無かった訳だが、こんなことはやめてほしい勘弁してほしいと思う私であった。
もちろん観葉植物の鉢は別の場所に移動した。

フ〜。


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