MONOmonologueモノ(物→コレクション)とMONO(モノラルサウンド→レコード)をこよなく愛するオヤジの徒然日記。

| CALENDAR | RECOMMEND | ENTRY | COMMENT | TRACKBACK | CATEGORY | ARCHIVE | LINK | PROFILE |
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

MONO商店入口

WEBショップ「MONO商店」は小さなお店です
音楽が大好きなあなたへ
もっと音楽を楽しむための
ささやかなMONO(モノ)をお届けします
>>上の画像をクリックしてください<<

| - | - | - | posted by スポンサードリンク
「ダイジョウブです」 10:50

ケータイ電話屋さんの店頭で、キャンペーンガールがテュッシュを配っていた。
そこを酔っぱらった兄ちゃんたちが通りがかって声をかけた。

「ねえちゃんカワイイねェ」
「電話番号教えてよ」
「(メール)アドレスだけでもいいからさァ」

キャンペーンガールは軽く受け流した。

「ダイジョウブでェす」

それは平日の夕方であった。
日の暮れる前から赤ら顔でカンチューハイを手に商店街を歩く兄ちゃんたちがキャンペーンガールに声を掛けるとは、実になんというか、漫画的というか、郊外的に弛緩した光景であった。

そしてキャンペーンガールは、「ダイジョウブでェす」と酔っぱらいをかわした。
たいしたスキルである。
そして「大丈夫」が拒否の表現になることが面白い。
これが今どきの日本語表現である。

うちのチビ達もダイジョウブという。

(ご飯のとき)
「もう少しどうだい?」
「ダイジョウブ」

(買い物いくとき)
「何か買ってこようか?」
「ダイジョウブ」

前者は、お腹いっぱいなのでもういりません大丈夫です、のダイジョウブである。
後者は、いま買うべき必要なものはないので大丈夫です、のダイジョウブである。

この表現の背景は、「結構」というような断定的な断りやダイレクトな拒否の表現を避けるため、ダイジョウブと言うようになったのではないだろうか。
ささいなことではあるが、人と人の間に生じる摩擦を避けるため生まれた表現なのではないか。
そうか、そんな風にわれわれは気を遣っているのである。
面白いなあ。
でも、そんなことにまで気を遣うのってめんどうくさいなあ。
と、ときどき思う。

先頃、アップルコンピューターがアイフォーンの新機種の発売をアナウンスした。
それを見て妻は、カラフルなアイフォーンがカワイイという。
カワイイとはつまり、欲しいということだ。
私はいまだにシンプルなケータイである。
通話とメール程度のガラケーである。
電話ですらほとんど使わない私は、スマートフォンを欲しいとはあまり思わない。
電車などで使う際に、若干ダサイと感じるためスマートフォンにしてもいいかなァ程度である。

「私が新しいアイフォーン買ったら古いのあげようか」と妻は言う。
チビ達は「おとっちゃんスマホ使いこなせないんじゃない?(笑)」と言う。
こんにゃろうばかにしやがって(笑)

スマホ? ダイジョウブでェす。


JUGEMテーマ:つぶやき。
MONO商店入口

WEBショップ「MONO商店」は小さなお店です
音楽が大好きなあなたへ
もっと音楽を楽しむための
ささやかなMONO(モノ)をお届けします
>>上の画像をクリックしてください<<

| ESSAY | comments(4) | trackbacks(0) | posted by mono-mono
じいじの戦争、ばあばの戦争 22:44

子どものころの夏休みは、神奈川県の逗子で過ごすのが恒例だった。
母親の両親、つまり私のじいじとばあばがリタイヤしてそれまでの上野の家を引き払って逗子に住んでいた。
じいじとばあばの家は、鎌倉駅と逗子駅の間にある、丘の上の新興住宅街にあった。
あの家には俳優さんが住んでいる、なんてことを聞いた憶えもある。
高級住宅街とはいわないが、そんな場所だったらしい。
じいじばあばの家から丘をのぼり、てっぺんを越えた向こう側に行くと鎌倉市街が一望できた。
右のほうに鶴岡八幡宮の森が見えて、左のほうがぐるっと海だった。
海の先のほうに江ノ島があって、天気の良い日には富士山が小さく見えた。
鎌倉の花火の夜には、このくだり坂にはぎっしり人が詰めかけた。

その丘をくだって中学校の横を通ってお寺の脇をすり抜けると海水浴場がある。
「材木座海岸」という。
ダサイ名前だなあと思っていた。
ザイモクザというところがなんとも田舎くさい響きに思われた。
ズシという地名も私にとってはマイナーで、学校の友達には「鎌倉のほうへ家族でいく」と言っていた。
きっと逗子なんて知らないだろう、と。

逗子での一日はこんな感じだった。
朝ごはんを食べたら歩いて海へ。
午前中いっぱい海で遊び、いちど帰ってお昼を食べ、そのあと昼寝して、また三時くらいから海で遊ぶ。
帰ってお風呂に入って、晩ご飯を5時半くらいに食べたらばたんきゅう。
そんな風に夏の数日間を逗子で過ごしていた。

やけど並みに真っ赤に日焼けしたものだった。
夜、背中がじんじんして眠れなくて腹這いになって寝た。
数日の後、だんだん痒くなってきてそのうちちいさな水ぶくれができてくる。
水が抜けると今度は皮がむけてくる。
風呂上がりなどピーっと皮をむいたものだ。
その頃には全身きれいに日焼けしていた。

海へ行く下りの山肌には穴がいくつもあいていた。
穴は縦横1.5メートルくらいの大きさだった。
そんな穴が10メートルおきに1つくらい、多いところでは数メートル間隔であった。
穴のほとんどは入り口がふさがれていた。
ときどきそのまま穴があいているところもあったが、そんな穴には材木などがぎっしり積め込まれていた。
中がどんな風になっているか興味津々だったが、奥の方は暗くてうかがいしれなかった。
いつ崩れるか分からないから入っちゃダメだよ、ときつく言われた。
遊びに入って閉じ込められた子もいた、なんて言っていたけれど、あれは方便だったと今は思う。

「あれは防空壕だよ」
海からの帰り道、ばあばがそう教えてくれた。
「戦争のころ、アメリカの飛行機が飛んできてこの辺にも爆弾を落としたんだ。この辺の人はあの穴に入って隠れたんだって」
戦争は、白黒の映像でしか知らない世界だった。
その映像に音はついていなかった。
「ばあばはそのころ東京に住んでいて、あなたお母さんはまだ赤ちゃんで、東京にもたくさん爆弾を落とされて大変だったんだよ」
ばあばは戦争を東京で体験していた。

逗子に行くお盆の頃には、テレビでも新聞でも戦争の特集をたくさんやっていた。
ご飯のときにじいじはときどき戦争の話をした。
じいじが戦争の話をするのはいつも夜だった。
朝や昼、明るい時間に聞いたおぼえがない。

はげ上がったじいじのあたまの、おでこの上のあたりには、はっきり分かるくぼみがあった。
「ここんとこに爆弾のカケラがささってね、頭の骨がわれちゃたんだ」
けがのせいで助かった、とじいじは言った。
戦局が悪化する中、頭に大けがをしたので無事戻ってくることができたのだ。
あのまま怪我をしなかったら大和や武蔵に乗ってたかもしれないな、とぼそっとこぼしていた。
じいじは海軍にいた。
上官がとにかく怖かったそうだ。
「案外軍隊では自殺者が多くてね、敵と戦う前に死んじゃう人も多かった」

逗子での夏の記憶は、戦争と分ちがたく結びついている。
普段見慣れたものも、逗子ではいつもと違う影をもっていた。
強い日差し、真っ青な空、入道雲、蝉の鳴き声。
そんなすべてが特別な影を持っていた。
古い時代、戦争の時代につながるような非日常的なものも逗子にはたくさんあった。
冷たい井戸水、羽釜で炊いたごはん、薪で沸かした風呂。
逗子の家には、普通の風呂とともに土間に薪風呂があった。
かまどはさすがになかったが、ガス台に羽釜を載せて炊いていた。
そんなささいことも戦争時代につながるものとして私の中に記憶されている。
そういえば、湘南サナトリウム、というバス停が近くにあった。
街への行き帰りはこのバス停を利用した。
結核の療養所だったと説明されても結核を知らなかった。
不治の病だったんだと言われれば、それもまた恐ろしいのだった。
バス停からは、生い茂る森しか見えなかったし、サナトリウムという言葉の響きもなんだか怖かった。
逗子マリーナも近くにあったが、そのまわりだけは不思議に立派で南国風だった。
白亜のマンションが海辺にそびえていた。
まわりには柵が張り巡らされてはいることができなかった。
柵の向こうにはプールがあって、ヨットが停泊していて、そこには戦争の影は一切感じられなかった。
その中へは入れないんだよ、とじいじは言った。

じいじと一緒に薪風呂の湯を沸かす手伝いをしたことを覚えている。
薪割りをして火をつけて、「湯加減いかがですかァ?」と入っている人に声をかけた。
こどもにはそれもじゅうぶんに遊びだった。
もちろん自分も薪の風呂に入った。
湯がかなり熱くなっていて、ぬるくしてとお願いしても、そんなことしたら沸かしなおさなきゃいけないんだよ、とうめてはくれなかった。

じいじは趣味人だった。
家を囲む石垣は大谷石で、コンクリート打ちっぱなしの平屋だった。
庭にはじいじの手づくりの池があって、立派なコイが泳いでいた。
家の玄関を入ると、じいじばあばんち独特のにおいがした。
家のどこにいても、日のあたらない影の部分があるようで不思議な印象の家だった。
この逗子の家はじいじが亡くなってしばらくして処分されてしまった。
あの家は壊されてもうない。


JUGEMテーマ:日々のくらし
MONO商店入口

WEBショップ「MONO商店」は小さなお店です
音楽が大好きなあなたへ
もっと音楽を楽しむための
ささやかなMONO(モノ)をお届けします
>>上の画像をクリックしてください<<

| ESSAY | comments(0) | trackbacks(0) | posted by mono-mono
ぬりえ 09:21

電車に乗る。
都心から反対方向へ向かう電車の中は、通勤時間でもほどよくすいている。
空席を見つけてするりと座る。
シートの暖房が心地良い。
体の芯の冷たい空気がふうっと抜けていくような気持良さだ。

となりの女性がスマートフォンをせわしなくさわっている。
OL風の若い女の子だ。
彼女の肘がときどき私にあたる。
そんなにいきおいよくタップしなくても、と思う。
オンラインゲームでもやっているのだろうか。
私の肘がこんな風にあなたにあたったら、どんな反応をするだろう。

車内を見回せば、三分の一くらいの人がケータイやスマートフォンをさわっている。
向かいのおじさんも、そのとなりの高校生も、手に持った小さな画面をじっと見つめている。
ゲーム? ツイッター? メール? ネット?
みな一体何をしているのだろう。

モバイルツールが普及しだした頃、電車などでノートパソコンやケータイをカチカチやっているサラリーマンを見て私は同情していた。
そんなに忙しいんだかわいそうに、と思っていた。
実際忙しく仕事をしている人もいたのだろうけれど、多くの人はたいしたことをしていないことを知り、それはそれでビックリした。
なんでそこまでモバイルツールをさわる必要があるのか、と。

スマートフォンをさわり続ける人たちを見ながら、私はぼんやりと考える。
「暇つぶし」
たぶん、そうなのだろう。
暇だから時間をつぶしているのだろう。
ゲームをしたり、ツイッターをしたり、メールをしたり、ネットをみたり。
なにかみたいだ、と思う。

なんだろう?

しばらく考えて、ぬりえみたいだ、と思う。
まっ白い紙に黒い輪郭線が描かれているあれだ。
図形だったり、乗りものだったり、人物や動物だったりが線のみで描かれている。
輪郭線の間を、色鉛筆やクレヨンやマジックを使って塗っていく。

スマートフォンはまるでぬりえのようだ。
ぽっかり空いた隙間の時間に、せっせと色を塗る。
電車の中で、駅前で、カフェで、暇な時間、まっ白な時間を塗りつぶす。
赤? 黄色? 緑?
ぬりえは次第にカラフルな色がつけられていく。

郊外へ向かう電車に座って、そんなことをぼんやりと考えている。
多摩川を渡るとき、河川敷のグランドで大学生だろうか、ラクロスをしていた。
遠くにはまっ白な富士山が見えた。



JUGEMテーマ:日々のくらし
MONO商店入口

WEBショップ「MONO商店」は小さなお店です
音楽が大好きなあなたへ
もっと音楽を楽しむための
ささやかなMONO(モノ)をお届けします
>>上の画像をクリックしてください<<

| ESSAY | comments(8) | trackbacks(0) | posted by mono-mono
わたしはそれを必要としている 09:12


世の中には、文学を必要とする人間と必要としない人間がいる。誤解なきように一言書き添えておけば、作家と呼ばれる人間が、すべて、文学を必要としているわけではない。文学を必要としていないのに、作家になってしまう(なろうとする)人もいる。いや、むしろ、今は、その手の人物が多すぎる。もちろん、それは文学的教養のあるなしではない。例えば深沢七郎は文学を必要とした人間であり、それゆえ彼は、必然的に作家になった。


最近出会い、深く感銘を受けた文章である。
このままで素晴らしい文章なのだが、いくつかの単語を他に置き換えてみるとよりふに落ちる。
「文学」を「音楽」に、そして「作家」を「ミュージシャン」に置き換えてみてほしい。
するとこうなる。


世の中には、音楽を必要とする人間と必要としない人間がいる。誤解なきようにひと言書き添えておけば、ミュージシャンと呼ばれる人間が、すべて、音楽を必要としているわけではない。音楽を必要としていないのに、ミュージシャンになってしまう(なろうとする)人もいる。いや、むしろ、今は、その手の人物が多すぎる。もちろん、それは音楽的教養のあるなしではない。例えば深沢七郎は音楽を必要とした人間であり、それゆえ彼は、必然的にミュージシャンになった。


ええと、深沢七郎のところはどうしよう。
誰に置き換えようか。
(良い案がありましたらコメントからどうぞ:笑)

「音楽」だけなく、「芸術」や「デザイン」に置き換えてみても良い。
私が好きなのは、止むに止まれず何かに取り組んでいる人なのだ。
「全身小説家」という古いドキュメント映画があるけれど、そのタイトルにひっかけて言うならば、私は「全身音楽家」が好きだ。
好きで好きでしょうがなくって、それがなければどうにもならないくらいに感じている人。
その結果、そのようにしか生きられない人、つまり「本気の人」。

歌手を「アーティスト」とひとまとめに呼ぶのが好きではない。
アーティストとはごく一部の優れた人たちのことを、他人がそう呼ぶ言葉なのではないか。
かつてジョン・レノンが、解散したビートルズのことを、「とてつもなく有名になった、たんなるロックンロールバンドさ」と言っていた。
みんなはいろいろ言うけれど自分はただロックンローラーさ、というのが本心なんだろう。
そんな彼はアーティストと呼ぶにふさわしい人である。

私は、いくら良い曲を作って歌う人でも仕事と割り切っているような人にはあまり興味が持てない。
音楽的でない日常がすけて見える、いわゆる「アーティスト」がいる。
ラジオでヒット曲を聴くにはそれで十分なのだけれど。

しかしそんな姿勢は私のような会社員だけで十分じゃないか、と思ってしまう(笑)。


JUGEMテーマ:No Music, No Life
MONO商店入口

WEBショップ「MONO商店」は小さなお店です
音楽が大好きなあなたへ
もっと音楽を楽しむための
ささやかなMONO(モノ)をお届けします
>>上の画像をクリックしてください<<

| ESSAY | comments(0) | trackbacks(0) | posted by mono-mono
あらゆることがすごいスピードで過ぎていく 09:38


気がつけは年末だ。
あっという間の1年だった。
いろんなことがあり、いろんなことを思った。
その意味ではいたって普通の年だった。


楽しいこともあったし辛いこともあった。
また、あんなことやこんなことに思い悩んだ1年だった。
具体的には言わないけれど(笑)。

あらゆることがすごいスピードで過ぎていく。
多くのことは置き去りにされたまま通過していく。
瑣末なことはただちに忘れられ思い出されることもない。
少し前にこんなニュースがあった。


タレントたちが自身のブログで、あるオークションサイトで落札したものを記事に書いていた、という。
驚くほど安く手に入れることができたよ、と。
しかしそのオークションサイトでは、入札しても商品を手に入れることはできないという詐欺行為を行っていたということが発覚したのだ。
そして、タレントたちのブログ記事のほとんどは落札事実の無い架空のもので、知人などにたのまれるままに記事にしていた、というニュースだった。
私は、なんとまああきれたことだ、と思った。
どうしようもない人達だな、と思った。


その翌日だっただろうか。
その事件に関するあるタレントのコメントに目を開かれた。
彼はこうコメントしていた。
「法に触れてたらダメですが」と前置きした上で、「私も含めて、タレントなんか所詮そんなもんです。『宣伝したらお金をくれる』と聞けば宣伝するんです」と。


私たちは、非常に無邪気に広告を楽しんでいる。
満面の笑みで商品を紹介するタレントをぼんやりと見ている。
そこに現れるタレント達を、広告に登場している事実で評価したりもする。
「高感度ランキング」とか「CMの女王」などという言葉に、へえとかほおとか思う。
しかしながら一方で、タレントが本気でその商品を薦めているとは思っていない。
いいギャラもらっているんだろうな、と羨んだりもする。
そう彼等が、たいして知りもしない会社の、好きでもない商品を、お金と引き換えに、他人に薦めていることを知っている。


オークションサイトの架空の落札記事を書いていたタレントは何か特殊なことをしていたのだろうか。
詐欺行為が行われていたことを知っていたなら話は異なるが、一体彼らを責められるのだろうか?


「タレントなんか所詮そんなもんです」


コマーシャリズムに対して私たちはもっと意識的にならなければならないのだろう。



JUGEMテーマ:日々のくらし
MONO商店入口

WEBショップ「MONO商店」は小さなお店です
音楽が大好きなあなたへ
もっと音楽を楽しむための
ささやかなMONO(モノ)をお届けします
>>上の画像をクリックしてください<<

| ESSAY | comments(2) | trackbacks(0) | posted by mono-mono
<< | 2/22 | >>