MONOmonologueモノ(物→コレクション)とMONO(モノラルサウンド→レコード)をこよなく愛するオヤジの徒然日記。

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なんのためにそれはそこにあるのだろう? 14:30

暇さえあればレコード屋へ行きお金があればレコードを買う、そんな生活を30年も続けていると、結構な数のレコードがたまる。
この家に引越したとき天井まであるレコード棚を、自分で図面を引いて作ったのだけれど、その時点ですべては入りきらなかった。
収まりきらないレコードは、床に置かれたりダンボールに詰めて収納された。
レコードを処分することもたまにあるがごくわずかだ。
処分するといっても燃えないゴミに出すわけではない。
誰かに差し上げるのだ。
つまり、日々確実に増えている。

それだけのレコードがあると、聴くレコードと聴かないレコードに大別されてくる。
聴かないレコードの中にはほとんど存在すら忘れられてしまうものも出てくる。
たまにレコード棚を眺めて見ると意外な発見があったりする。
こんなレコード持ってたんだ、という発見である。

持ってることは覚えていても、内容をすぐにイメージできないレコードがある。
それはもうかなりの確率であり割合である。
手持ちのレコードのうち、すぐに内容を思い出せるもののほうがレアケースに思える。
もったいないもったいない。

同じことを本でも考えてみよう。
面白かった本、つまらなかった本、読み通せなかった本…。
そんな記憶はあっても、詳細に思い出せる本となるとこれまたレアケースである。
大いに楽しんだ小説だって断片的なエピソードをいくつか思い出せる程度である。
で、どんな話だったっけ、結末は??

手元に残している本のうち、読み返すのはどのくらいだろう。
本棚に並ぶ大半は、おそらく読み返さないだろうと思いながら処分できないままとなる。
そして本棚もすでにいっぱいである。
読んだ本はしばらく積み上げてからエイヤと心を決める。
そして本はレコードとは違ってゴミとして処分することもある。
紙ゴミの日に出せばおそらく再生されることだろう。
リサイクルリサイクル。

もちろんこんな風にサインなんかが入っている本は対象外である。
フフフ。






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| BOOKS (AUTOGRAPHED) | comments(5) | trackbacks(0) | posted by mono-mono
そこにJTがいない 13:46

私の聴く音楽の多くは、自分が生まれるより前やまだ幼かった頃に作られたレコードだ。
それらは30年40年以上前に録音された音楽である。
私は、そのころのレコードを聴いても古いとか懐かしいとかそんな風にはまったく思わない。
むしろ、現在のある種の音楽以上に刺激的だと思う。
レコードの「音」、つまりサウンドそのものも十分にヴィヴィッドなのである。
いまどきは、古いレコードの音を再現すべく録音に苦労しているミュージシャンも多いくらいなのだ。
私は古いレコードが大好きでたくさん聴く。

私が音楽を聴いていると、うちのチビ達が反応することがある。
カッコいいねと言ったり、踊り出したり、あのレコード聴かせてよと言ったりする。
古いレコードだけでなく、最近のCDにだってもちろん反応がある。
チビ達は、純粋に音楽にビビっと来た時に反応するのだ。
古い、新しい、という価値観とは無縁である。

キャリアの長いミュージシャンにはたくさんの作品がある。
20枚も30枚もリリースしていたりする。
そんな場合、古い作品を中心に集め、聴いていることが多い。
1枚目が良いよね、とか平気で言ったりそればかり聴いたりする。
最近の作品は後回しになり、それどころか聴く必要は無いくらいになっていたりする。
アーティスト自身が知ったらさぞ残念に思うだろう。
「現役なのに」と。

James Taylorのレコードを見つけた。
比較的新しい、といっても1988年リリースの「Never Die Young」である。
レコードからCDへと録音メディアが切り替わりつつある時代であるためか、はじめてレコードを見たように思う。
CDは持っていないし、いくつか知っている曲はあってもきちんとアルバムで聴いたことはなかった。
つまり作品としてこれを無視していた。
ジャケットも「知ってる」だけであった。
お恥ずかしい。

このレコード、オオカミのジャケットがどこかサウンドトラック風である。
おや、JTがいない。
過去の彼のレコードジャケットのほとんどには自分自身が登場している。
彼が格好良いから? とも思ったが、考えてみればソロアーティストの大半はそうである。
ではなぜこのアルバムでは彼が登場していないのか?
どうしてオオカミなのか?

アルバム内容と関係しているのかもしれないが、確かめていない(笑)






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