買ってきたレコードの盤を磨き、レコードプレイヤにセットする。
そっと針を下ろして、私はソファに座る。
レコードの無音部分から、ぱちぱちとノイズが少し聴こえる。
ほどなく、はじめて聴くシンガーの、はじめて聴くメロディが流れ出す。
うん、悪くない。
良いレコードじゃないか。
ROSALIE SORRELS / TRAVELIN' LADY (SIRE RECORDS SI-5902)
横でコーヒーを飲みながらiPhoneをいじっていた妻が言う。
「どうしてこのレコードを買ったの?」
素朴な疑問である。
「今日はこのレコードを買いに行ったの?」
私が中古レコード屋へ、あのレコードを買おう、と思って行くことはほとんどない。
頭の中には欲しいレコードのリストがばっちりあるけれど、その上位にあるレコードを見つけても買うとは限らない。
重要なのはレコードの状態と値段のバランス、そして私の気分である。
買うか買わないかは、一瞬にして決まる。
時に「ウ〜ン」と悩むこともあるけれど、出会いでありタイミングなのである。
棚からレコードを引き出した瞬間「ウワッ、これだ!」というのが理想である。
その瞬間のために中古レコード屋へ通うといって過言ではない。
つまり妻の「どうしてこのレコードを買ったの?」という最初の質問にはこう答える。
このレコードは欲しいレコードリストに随分前からのっていた。
しかし、いつでもどこにでもあるレコードではない。
何度か見かけたがそれらは少し高かった。
これは、ジャケットのコンディションは少々悪いけれど盤に問題はない。
やっと、私が思う適正価格で見つけることができたのだ、と。
次の質問、「今日はこのレコードを買いに行ったの?」の答えは自明である。
「ノー」である。
しかし結果的として「イエス」でもある。
今日はこのレコードを買いに行った、のである。
続けて妻は私に尋ねた。
「今一番欲しいレコードは? それは何?」
これに対する私の答えははっきりしている。
ここしばらく探し続けているレコードがある。
さっぱり見かけない。
何度も見かけているが価格とコンディションが折り合わない、というのではなく見かけることまったくない。
さして珍しいレコードでもないと思うのだが、実物を手にしたことすらない。
私にとって幻といって良いレコードだ。
もちろん、手元には国内盤で持っている。
折に触れて聴き、そのたびに、良いなあ欲しいなあ、と想いを募らせることとなる。
私の夢の中では、ディスクユニオンのジャズ新着コーナーに普通の値段で紛れていることになっている。
果たしてどういう出会いが待っているのだろうか。
そのレコードは、アントニオ・カルロス・ジョビンの「WAVE」、オリジナルアメリカ盤である。
見開きのコーティングジャケットに、VAN GELDAR刻印入りのヤツである。
そんなに欲しいならネットで買えば良いじゃない、と妻は言う。
いやいや、そういうことじゃないんだなあ(笑)。