家で音楽を聴くことで私は十分に満足していた。
携帯プレイヤを必要としていなかった、ということだ。
音楽を外に連れ出そうとは思っていなかったのだ。
私にとって「家で音楽を聴くこと」とは、「レコードを聴くこと」を意味していた。
家でレコードを聴くこと、はスピーカーから音楽を聴くこと、なのであった。
古いレコードを、古いアンプを通して、古いスピーカーから聴くこと、だった。
それが音楽を大事にする、私なりの方法だった。
3年くらい前だろうか、妻がiPodを買ってきた。
Shuffleという機種で、手のひらにすっぽりおさまるとても小さな黄緑色の装置だった。
ためしにお気に入りのCDをiPodに入れて聴いてみた。
思ったよりずっと音の良いことにまず驚いた。
付属のイヤホンで聴いても、それまで部屋でスピーカーから聴くのとはまるで違う世界が広がった。
妻はiPod Shuffleを買ったにもかかわらず、ほとんど使っていないようだった。
私が使って良いかと尋ねると、どうぞ、といわれた。
私は毎日、音楽を外で聴くようになった。
iPod Shuffleで音楽を聴くこととは、イヤホンで音楽を聴くことだ。
ピカピカ光るCDから取り込んだデータを、ピカピカのiPodでイヤホンから聴くことだ。
iPod Shuffleによって、お気に入りの音楽を家の外へ持ち出すことができるようになった。
いつも見慣れた風景に、お気に入りの音楽がオーバーラップする。
また、初めて見る風景に聴き馴染んだ音楽を添える。
音楽に新たな意味が加わるようになった。
ほどなく付属のイヤホンをやめて、少し良いイヤホンを使うようになった。
iPod Shuffleは外出に欠かせない道具となった。
私はずっと、iPod Shuffleにとくだん不満なく使ってきた。
最近になってふと、もう少し良い音で聴くことが出来たら、なんてことが頭をよぎった。
iPod Shuffleでの音質向上とはまず、イヤホンのグレードアップであろう。
いまイヤホンやヘッドフォンは百花繚乱の状態で、各社がしのぎを削っている。
もちろん私の使ってきたイヤホンは、ごく普通の機種で固定式のケーブルがついた廉価品である。
オーディオの世界でケーブル交換はいまや常識だ。
では、手持ちのイヤホンのケーブルを交換したら音はどうなるのだろう?
遊び心に火がついた。
さてモノは試しだやってみよう。
ささっと秋葉原のTOMOCAに行ってパーツを買い揃え作ってみた。
構想&制作およそ半日のカスタムイヤホンの完成である。
ステレオジャックに内部配線用のカナレの2芯シールドケーブルをハンダ付け。
それを外装チューブで束ねただけ、という世界にひとつだけのイヤホンである。
早速、試聴。
音質は良くなったか。
ウ〜ン、まあまあかな(笑)。
明らかに低音は増した。
ドラムのキックなど明らかにスピード感も量感も増している。
しかし中高音には少し力が足りないようだ。
どうしよう。
どうするもなにも、とりあえずエイジングしかないだろう。
プレイ状態でiPod Shuffleを放置して、ケーブルに電気を流し続けるのだ。
使う時間を増やして、それによって音がこなれて中高音も量感が増してくれれば良いのだが。
しかしまあ久しぶりのオーディオ工作であった。
パーツを選んで組み立てるわくわく感。
ちゃんと出来ているか、どきどきしながらの音出し。
プレイボタンを押して音楽が流れ出した時の嬉しさ。
それらすべてが楽しい!
これがなにより必要なのだ。
音が良くなればなお良いではないか(笑)。