かつて読んだ、デジタルはアナログを目指す、という言葉が忘れられない。
これはオーディオについて語られた言葉である。
つまり、コンパクトディスクだとかデジタルだとか言ったって、音楽メディアとして完成の域にあるレコードの音質にいかに近づけるかを競っているだけじゃないか、ということだ。
この言葉は、CDが一般に広く普及し、オーディオにデジタルの時代が来たと言われていた頃のモノと思われる。
レコードはもはや時代遅れになり、完全に無くなってしまうのではないかと思われていた時代が確かにあった。
90年に、代表的なレコード針メーカーである「ナガオカ」が倒産し、多くの人がこれをアナログ時代の終わりが来たと思ったことだろう。
私自身、いよいよCD一本でいかないとなあ、と思ったことを覚えている。
大学に入学した頃のことだった。
遠からずレコードは廃れるだろうと思った。
時代は間違いなくそのように進んでいたはずだ。
「デジタルはアナログを目指す」
この言葉を読んだ時はそれほどでもなかった。
言わんとすることをはっきりと理解出来なかった。
「どうしてデジタルがアナログを目指さなくてはいけないのか?」
しかしその後も私の胸にずしりと残り、折に触れて思い出された。
もとはオーディオについて語られた言葉であるが、コンピュータの普及した世界において、これほど本質を突いた言葉も無い、と今は思う。
PC、インターネットにおいて実験され実現されてきたすべてはまさに、アナログ世界の再現に他ならない。
現在皆の注目を集めている電子書籍は、「本」の再現だ。
電子書籍アプリでのページをめくるという行為は、いかに「本」の読み心地を再現するかに腐心しているとはいえないか。
イラストレーターの友人は、ペンタブレットでイラストを描くようになって久しいが、機材がバージョンアップするたびに筆や鉛筆で描いている感覚に近くなる、と言う。
それなら筆や鉛筆のままでも良かったじゃないか、と笑って言う。
「デジタルはアナログを目指す」
これは、一関にあるジャズ喫茶「ベイシー」のご主人である菅原氏の言葉だ。
早速、本棚から<ジャズ喫茶「ベイシー」の選択>を引っ張りだしてその箇所を探してみた。
引用してみよう。
ある雑誌にぼくは「デジタルは今後限りなくアナログに近づこうと変な努力をする悲劇のヒロイン
だ」みたいなことを書いた憶えがあるが、本当は喜劇的だと思っている。
(中略)
ぼくは、誰がなんといおうとアナログレコードの音が好きだ。
この言葉が、いつ菅原氏によって書かれたのかも気になる。
いつ書かれたにしろ相当な見識である。
私の持っている<ジャズ喫茶「ベイシー」の選択>は、01年に出た講談社+α文庫版である。
オリジナルは、93年に出た単行本である。
その単行本はもともと、ステレオサウンド誌の連載「ぼくとジムランの酒とばらの日々」をまとめたものである。
「ぼくとジムランの酒とばらの日々」がステレオサウンド誌に連載されていたのが、88〜92年であり、推察するに90年前後にこの言葉は書かれたのだろう。
なんと、先見の明があり、示唆に富んだ言葉だろう。
今となっては誰もレコードが無くなるとは思っていない。
レコードよりむしろ、CDの存続が危ぶまれる時代になってきてしまった。
CDは確実にデータ配信に取って代わられつつある。
一方でレコードは意外に健闘している。
古い貴重なレコードは現在も活発に取引されている。
そして、レコードを再開した、という音楽好きもゆるやかに増えている。
いっときは風前の灯だったレコードプレイヤーやカートリッジも、普及品から高級品までさまざまな選択肢が用意されている。
また、クラブDJの活躍によってレコードはオシャレアイテムにまで存在が高まってもいる。
映画「3丁目の夕日」のヒットで、失われつつあるレコードを懐かしむ人々も多い。
もっとも、そのような人たちは、「レコードってパチパチいうのが良いよね」とか、「レコードは優しい音がする」などと言う。
これらは驚くべき誤解である。
レコードは懐かしさの増幅装置では決してない。
レコードで音楽を楽しむ人は、レコードでこそ音楽が楽しめると思っているのだ。
<ジャズ喫茶「ベイシー」の選択>から再び引用する。
袋からレコードを取り出し、おもむろにゴミを拭いてから静かに針を下ろすと、さあ、これから演
奏が始まるゾ、というパチパチ音がたまらない。などとは一言もいっていない。
土台、”パチパチ音”などなんとか出さないように心血を注いで来たのではなかったか?!
はっきりいおう。レコードは、ジャケットがいいのと、音がいいのと、長持ちすること以外は全部
CDにしてやられたのだ。
そう、普通の人は、レコードを聴く人が、いかにパチパチ音がでないようにするかに苦心しているのか、を知らない。
優しい演奏が録音されたレコードから優しい音が聴こえたならそれは正しい。
過激な演奏が録音されたレコードから優しい音が聴こえたなら、そのオーディオは正しく調整されていないことを疑ったほうがよい。
「優しい音がする」ことがレコードの良さでは必ずしもないのだ。
レコードで音楽を楽しむという行為は、CDやPCオーディオ同様、現在進行形で続いているのだ。
写真は先日、探し物で訪れた東急ハンズで偶然みつけたブラシだ。
「エレスター・M」という「静電気とホコリを同時にカット!」することができるのが売りのブラシだ。
「導電性繊維サンダーロンを使用してーー」とパッケージに小さく書かれていた。
「サンダーロン」
この言葉に私はビビっときた。
それは以前オーディオ誌でみかけたレコードアクセサリーの宣伝文句にあった単語である。
レコードやCDに発生する静電気を除去するための商品にサンダーロン・シートが使用されているとのことだった。
これにより静電気を取り去ることができ劇的に音質が改善されるらしい。
つまり、レコードの”パチパチ音”とさよならできるはずなのだ。
しかし、オーディオ関連の商品は高価なものが多く、気にはなってもなかなか購入には至らない。
幸いこのブラシは普通の家庭用品なので普通のお掃除ブラシ価格。
試してみる価値有りとみた。
ということで買ってきてレコードやCDをさらさらっと撫でてみた。
静電気が無くなってゆく。
ホコリも取れていくようだ。
これはいいぞ。
で、音は??
明らかに楽器の透明感が増し、ヴォーカルの延びもはっきりと違う・・・
ような気がする(笑)
騙された、でも良いではないか。
この「気がする」というところが大事なのだ。
それで十分ではないか(笑)