あれは1994年、私が大学を卒業し六本木にある会社で働きはじめた頃のこと。
ある日の六本木駅周辺、やけにイルフォードの箱を持った人が歩いてるなァと思った。
六つ切りの印画紙が100枚入ったボックスだ。
20代のおシャレな女性が多いようだった。
まだオリーブ少女なんて言葉がかろうじて生きていた頃だっただろうか。
写真ブームでモノクロ写真を自分で現像する人が増えている、とはとても思えない。
しかしイルフォードの箱を持つ人たちを見かける日が続き、ますます、なんで?と気になった。
シネヴィヴァンでリヴァイバル上映していたミケランジェロ・アントニオーニの「欲望」を見に行ったら、あっけなくその謎は解けた。
その映画の会場で、パンフレットやポスターをイルフォードの箱に納めて販売していたのだ。
な〜るほど、そういうことか。
それが今回の写真の代物という訳。
これにはパンフレットとポスターしか入っていないため、持ち歩くと中でからから揺れ動いて頼りないカンジだったことを思い出す。
映画の内容は、スウィンギンロンドンの風俗満載。
映像は抜群で音楽も素晴らしい。
でもストーリーは何がどうなっているのやら。
しかし当時の私にはバッチリOKの作品だった(笑)
サントラもすぐ買ったし。
ヤードバーズのパフォーマンス。
あの有名なフォトセッションシーン。
ジェーン・バーキンはどこ? あ、そこか(笑)
ヴァーヴのTレーベルもこれ見てぐっときた。でもそんなとこ誰が見てるんだ?(笑)
ボールのないテニスシーン。
どうしてこんなものを今引っ張りだしてきたかといえば、小西康晴の「これは恋ではない 小西康陽のコラム1984-1996」を読んでいたら、このイルフォードの箱はコンテンポラリープロダクションがデザインしたって書かれていたのだ。
そこで久しぶりに探してみたのだ。
なるほど信藤三雄のデザインだったのか、と今更ながら確認したという次第(笑)
なんてことをしていたら「欲望」のポスターを張っていた当時の部屋の様子なんかを思い出してしまった。
懐かしい。
目黒川沿いの3階建ての古アパート。
鉄骨むきだしの外階段がついていて一目で気に入って住むことを決めた。
午後中ずっと日が目一杯当たる3階の角部屋なので、なにしろ夏は暑かった。
エアコン無しで一夏過ごしたけどそれが限界で翌夏にはエアコンを取り付けた(笑)
そこは駅から10分くらいのところなのに川沿いに続くアパートへの道はさびれた雰囲気があって好きだった。
駅からだんだん寂しくなっていって、無機質なコンクリートの壁に囲まれた工場の横を抜けるんだ。
アパートのちょっと先には関東麻薬取締館事務所なんてけったいな場所もあった。
そこにはあのポール・マッカートニーが捕まった際に泊まってたという話だ(笑)
その隣には自衛隊の化学研究所というこれまた不気味な古い建物もあった。
しかしそのどれもが今は無い…。
アパートは建て替えられ、関東麻薬取締館事務所は移転し、自衛隊の化学研究所は草花のあふれる公園になってしまった。
すべては昨日のことのようなのに随分時は経ってしまった。
回想する私の頭の中に流れるBGMはやはり「欲望」から選びたいところ。
ディーライトがベースラインをサンプリングした「Bring Down The Birds」で決まりッ!
しかし渋谷系なんて遠い昔の話だなァ。