MONOmonologueモノ(物→コレクション)とMONO(モノラルサウンド→レコード)をこよなく愛するオヤジの徒然日記。

| CALENDAR | RECOMMEND | ENTRY | COMMENT | TRACKBACK | CATEGORY | ARCHIVE | LINK | PROFILE |
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

MONO商店入口

WEBショップ「MONO商店」は小さなお店です
音楽が大好きなあなたへ
もっと音楽を楽しむための
ささやかなMONO(モノ)をお届けします
>>上の画像をクリックしてください<<

| - | - | - | posted by スポンサードリンク
ミモザの花 08:21

私の祖父は昭和20年にサイパン島で亡くなりました。
明治生まれの祖父は、太平洋戦争末期、三十代で招集され出征し戦死しました。
彼は、図案家であり挿絵画家でした。
今でいう、デザイナー・イラストレーターです。
数多くの本をデザインし、「コドモノクニ」などにイラストを描きました。
祖父と家族の暮らした家は東京大空襲で焼けてしまいました。
彼の残した仕事の大半はその時に失われてしまったのです。

私の祖母は平成18年の春に亡くなりました。
97歳の大往生で、眠るように亡くなったそうです。
明治生まれの祖母は、上野の裕福な旅館に生まれました。
女学校に車で通うほどのお嬢様は、大正モダンの空気を胸いっぱいに吸い込んで育ちました。
卒業後は、山野千枝子さんのもとで美容を学び美容師になりました。
有名人が訪れる銀座の美容室で働いていたこともあるそうです。

大正から昭和の初期には、今につながる文化が花開いた、穏やかにして豊かな時代があったといいます。
祖母が、戦争の前には良い時代があったのよ、といっていたのを印象深く覚えています。
そんな時代に結婚した二人は新婚当初、銀座アパートメントに暮らしたそうです。
ここは日本初のエレベーター付きのアパートで、奥野ビルと名前を変え今も残っています。
子供ができると居を上野に移し、銀座アパートメントを仕事場にしていたといいます。
一線で活躍するデザイナーと美容師のカップル。
祖父と祖母がいわゆる、モボモガだったということに気が付いたのはごく最近のことでした。
戦争で亡くなった祖父のことをほとんど何も知りませんでした。
戦後の時代を、おんなでひとつで切り開いた祖母の人生を想ったことはありませんでした。

この正月に伯母から、日本挿絵画家協会会員名簿(昭和16年版)という手のひらサイズ冊子のコピーを頂きました。
日本挿絵画家協会会員名簿には、鏑木清方を名誉会長とした日本画壇のそうそうたるメンバーが並び、そのなかに祖父の名もありました。
図書館やインターネット、古書展を覗いていると、ぽつりぽつりと祖父の手がけた仕事が見つかります。
戦前、戦中のデザイン史を紐解くと、彼の関わったであろう人たちや仕事も見えてきます。
資生堂などの美容に関しての歴史をたどる書物を読めば祖母の生きた時代も分かってきます。


黄の花を愛でにし亡き人
思ひたり
ミモザの花の咲きさかる
みて


これは祖母が作った歌です。
写真は祖母の歌集です。
今年もミモザが咲く季節がきました。
私はいま、祖母の戦後の時間を想います。
祖母が亡くなった春がきました。
亡き人を想う春になりました。

JUGEMテーマ:日々のくらし


MONO商店入口

WEBショップ「MONO商店」は小さなお店です
音楽が大好きなあなたへ
もっと音楽を楽しむための
ささやかなMONO(モノ)をお届けします
>>上の画像をクリックしてください<<

| mono-mono | comments(4) | trackbacks(0) | posted by mono-mono
スポンサーサイト 08:21
MONO商店入口

WEBショップ「MONO商店」は小さなお店です
音楽が大好きなあなたへ
もっと音楽を楽しむための
ささやかなMONO(モノ)をお届けします
>>上の画像をクリックしてください<<

| - | - | - | posted by スポンサードリンク
Comment








大貫伸樹様
ありがとうございます。
リンク先のページは以前より存じておりました。
コメントいただき大変驚きました。
数日前に祖父の手がけた本を古書店にて発見したところでした。
このタイミングにもビックリです。
大貫伸樹様のウェブサイトにあるメールアドレスから、後日ご連絡させていただきます。
posted by mono-mono | 2012/11/05 7:45 AM |
初めまして、挿絵画家の歴史を調べている大貫伸樹です。私も数少ないと思われる「日本挿絵画家協会会員名簿」を所有している一人です。図案家であり挿絵画家であったという御祖父様のお名前を聞かせていただけませんでしょうか? 作品にも興味があります。略歴などが知られている挿絵画家はごく一部でほとんどが知られていません。後世に少しでも調べて残したいと思っております。
posted by 大貫伸樹 | 2012/11/04 6:30 PM |
hiyohiyoさま、ありがとうございます。

私の母は父親(私の祖父)の記憶がありません。
三歳くらいで亡くしているのです。
写真も空襲で焼けてしまい一枚しか残っていません。
どんな人だったのだろう、と思います。

情報ありがとうございます!
片岡義男ブレンドコーヒーも飲んでみないなあ。
posted by mono-mono | 2012/03/17 10:46 AM |
こんにちは。
じんわりと読みました。
おじいさまとおばあさまのカップル、
とてもステキだったのでしょうね。
それとともに、戦争の悲しさを思います。

あ、そうそう。
ご存知かどうか。
片岡さんと小西さんのイベント、またあるみたいですよん。
http://www.switch-pub.co.jp/events/073122027.php
posted by hiyohoyo | 2012/03/15 3:25 PM |
Trackback
この記事のトラックバックURL: トラックバック機能は終了しました。
<< NEW | TOP | OLD>>