MONOmonologueモノ(物→コレクション)とMONO(モノラルサウンド→レコード)をこよなく愛するオヤジの徒然日記。

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節約 IS THE MESSAGE ! 14:12

ニュースで、発電総量に占める原子力の割合はおよそ3割にあたると言っていた。
もし日本が原子力発電をやめて3割の電力供給能力が無くなった場合、発電総量は20年前の水準になるのだ、とニュースキャスターが言っていた。
私にはニュースキャスターが、20年前の生活水準にはとても戻れないでしょう、と言いたいように感じた。
戻れない?
原子力発電をやめるかどうかはおいといて、いまの7割の電力、20年前の発電水準の暮らしに戻れないのだろうか。
どうだろう。

20年前、私は大学生だった。
バブルが弾けた頃だった。
浮かれに浮かれていた日本経済が、冷や水を浴びせられたまさにその頃だった。
バブル崩壊といって景気の良いニュースは確かに減ったが、学生生活にほとんど影響は感じなかった。
その頃を思い出してみると、悪い時代じゃなかったように思うがどうだろう。
コンビニもいまほどはなかった。
デパートやお店には毎週ではないにせよ定休日があったように思う。
夏の教室は信じられないくらい暑くて、居眠りから醒めたら汗びっしょりなんてことが良くあった。
エアコンのついたアパートに住んでいる友人が羨ましかった。
不便といえばそうかもしれないが、その頃は当たり前のことだったではないか。
暑い日には、電車の窓を開けて風を入れていたことを思い出した。
八王子近辺のガラガラな車内では気持良く風が抜けていった。

20年前だってじゅうぶん豊かな時代だった、とあらためて思う。
「20年前」と聞いて、反射的にずいぶん昔の話のように感じて、違う記憶を呼び出している。
どこかで「戦後」や「昭和」のイメージと重ねていたりはしまいか。
60年前の事は分からないが、20年前ぜんぜんそんな事はなかった。
いまとは少しずつ違うけれど、それほど違うようには思えない。

この20年で私たちは何を得たのだろう?
発電力で3割増しの未来の生活ってどんなだろう。

  ガラスに囲まれていながら真夏で真冬でも快適な巨大空間。
  夜まぶしいくらいのコンビニの店内。
  窓の空かない電車。
  ちょっと暑い寒いでつける部屋ごとのエアコン。
  テーブルに少し何かをこぼせばティッシュを数枚使って拭く私。
  消費期限が切れた食材を実際傷んでるかも確かめずに棄てる私。
  リサイクルしたエコバックを次々配る企業と次々もらっては使わずに棄てる私。

これは「豊かさ」なのだろうか。

この大地震は、自然の巨大な力によって、みなの生活を根元から揺さぶった。
私の意識も、みなの意識も大きく揺さぶられた。
その結果、この地震で「バブル」が弾けたのではないか。
アワがパチンとハジケちゃったのだ。
「エネルギーバブル」「消費バブル」ほかにもいろいろなバブルが。

大量生産大量消費のサイクルが、東北の工場が被災する事でストップし、色んな形で影響を及ぼしている。
被災した工場の再開や代替品調達の努力で、もの凄いスピードで回復しつつある。
そこに従事している方々の努力は凄いことだし、それこそ日本人として誇れる美点なのだと思う。
しかし直接に被害を受けていない私でも、物流が回復しつつあるからといって震災前の生活に戻れない事を知った。
これまでも違和感を感じつつ誤摩化してきた消費社会への違和感をはっきりと認識してしまったからだ。
意識の変化。
いままで豊かだと思って享受してきた生活は何だったんだろう、と。
これまでの状況はおかしいのではないか、と考えてしまった。
無駄使いは豊かさではないはず。
無駄使いを前提とした経済活動は間違っているはず。

積極的に節電する。
積極的に節約する。
これは立派な主義主張だ。
現在の電力政策に対して、また経済のあり方に対して、自らの意見の発信なのだ。
原発を止めろ、消費をやめろ、なんて事が言いたいのではない。
私は一市民として、これからどうしたら良いか、どんな生き方をしたら良いかが分からなくなってしまった。
戦後作り上げてきた日本というシステムのあり方に疑問を持ってしまった。
みなで、これからの日本、そして世界のあり方を考えなくてはいけないのではないかと思う。

もしかして、これが民主主義っていうのか、と生まれて初めて思ったりする。
小さな意見の積み重ねが世の中を変えていくのかもしれない。
私はそんなことに希望を感じる。

節約 IS THE MESSAGE !
節約だってメッセージだ !!


「節電 IS THE MESSAGE !」という記事はこちらからご覧頂けます






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Comment








goldenblueさん、どうも。

企業が広報活動の一環で語るエコはほとんど嘘でしょう(笑)
嘘は言い過ぎとしても、「理想」ではあっても実現の可能性は想定されてないというか。
ただ、真剣に考え、取り組んでいる企業もあると信じたいと思います。
そういう企業は声高にエコを唱えたりしないかも、というのは私の思い込みでしょうか。

以前から日本人の豊かさ実感指数は世界でも最低クラスだったんですよね。
これだけモノにあふれててもなお豊かさを実感できない国ってなんでしょう。
国民性ってのもあにせよ,何かしら深い根を感じます。
いまこそ良い方向にシフトできないかな、と思います。
posted by mono-mono | 2011/05/02 10:53 PM |
非双子さん、どうも。

「電気ショック」!
最高です(笑)
「利権の絡まない、市民レベルでの改革」
産業用の電力を削るのはできるだけ限定的にすべきだとは思うので、そうなると家庭で個人でどれだけ頑張れるかが問われます。
とはいえ、今日なんかも東京はジワジワ暑くて、この夏が思いやられます(笑)
ヤバい無理かも、なんて。
posted by mono-mono | 2011/05/02 10:35 PM |
mono-monoさん、こんばんは。
以前から、電気会社や自動車メーカーが「エコ」と唱えるのに違和感を感じていました。本当に「地球環境」を守りたいのなら経済活動そのものが矛盾しているわけで、結局、無駄使いを前提とした経済活動のおかげで潤う人たちが飛びついた「言い訳」だったんじゃないか、と。あの手の大企業が「エコ」を言い出した頃から、エコの名のもとにますます無駄遣いがすすんだような気がします。
20年前、僕も大学生でしたが何不自由なく過ごしていましたね。下宿にエアコンはなく、団扇片手に濡れタオルで汗をふきふきしていましたが(笑)、そんなに不便だとは思いませんでした。高層ビルの20階、窓も開けられないオフィス、万が一エアコンもエレベーターも止まったらにっちもさっちもいかなくなるほうがよほど不便。
「豊かである」ということをどう考えるか。経済界主導ではなく自分の感じ方考え方で、豊かさをかみしめて暮らしてゆきたいと思っています。


posted by goldenblue | 2011/05/01 11:02 PM |
70年代の「石油ショック」ではテレビの深夜放送中止、ガソリンスタンド休日営業なし、エネルギー転換の模索等の対策をしました。

今回は「電気ショック」 シビレてるわけではありません(笑

20年前に比べると電気製品の省エネは凄い進化してます。
コンビニも夜間は輪番制にして、営業中は”提灯”を灯すとか・・・
国や業界が動けばどうにでもなるんだけど、どこも動きそうに無い!
利権の絡まない、市民レベルでの改革が必要なんでしょうね。

今日、初めて「電動アシスト自転車」乗ってみました。
充電四時間、電気代5円で30kmくらい走れるらしい。 欲しい。

ううーーーん、電力消費削減にはならんかなぁ(爆
posted by 非双子 | 2011/05/01 9:30 PM |
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