MONOmonologueモノ(物→コレクション)とMONO(モノラルサウンド→レコード)をこよなく愛するオヤジの徒然日記。

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お宝ってなんだろう? 08:06

気が付けば普通に暮らす我々に「お宝」って言葉がすっかり定着していた。
発端はいうまでもなくお宝ナンチャラというテレビ番組だと思う。
うちのちび達だって古びたモノを指差して「それってお宝?」などと言うくらいだ。
うちにお宝なんて無いってば(笑)

あの番組の影響には功罪ある。
功の部分は何といっても「コレクター」という生き方を世に広めたことだろうか。
いままでもいわゆる書画骨董の類いは皆知っていたが、おもちゃ系なんかはあまり知られていなかった。
この番組で家庭内の評価が上がったり、多めに見てもらえるようになったコレクターも多いのではないか(笑)

罪のほうならば「コレクションの価値は評価額によって決まる」という誤解を世間に与えてしまったところではないか。
高いものが素晴らしいモノ、良いモノという誤解。
この誤解は元々あったことだが、一般視聴者の興味は「アレがいくらと評価されるか?」という部分にばかり目がいくようなのだ。
番組的には「モノ」にまつわる情熱や入手にまつわる物語にも時間を割いて、単なる「HOW MUCH?」番組にはならないよう心を砕いている。
しかし多くの視聴者は、ゴミ同然に見えた焼き物にあんな高値が!とか、あんなのうちにもあったはず!!などと叫ぶのだ。
あるいは、あのおじさんご自慢の逸品だって豪語していたくせにネ(笑)とかいって指差して笑うのだ。

番組を見ていると、骨董的価値がないと分かったとたんにそのモノに興味が無くなってしまう鑑定依頼人がいる。
評価額が安すぎると腹を立てる人もいる。
これが何より見ていて悲しい。
彼らは目の前のモノそれ自体を見てはいなかったのだ。
つまり、モノの値段によって価値を見いだしているに過ぎなかったのだ。
「評価」が無いと分かれば持っている意味が無くなってしまうのだ。

高価なモノを蒐集していたり、考えられないような大金をつぎ込んでいる人もいる。
羨ましさもあって反感を感じることもあるが、とんでもない情熱感じる方には「素晴らしいなァ」と感心させられる。
他人にはどうでもよいようなモノにとてつもない情熱をつぎ込んでいるひとがいる。
ばかばかしいくらい夢中になって、目を輝かせて語る人がいる。

いくらつぎ込んだか、ではない。
二束三文で買ったモノに凄い価値があったこと、ではない。
対象に向き合う限りなき情熱に私は心を打たれるのだ。
自分を「mono-mono」なんて言っている私は、あくまで自分の基準・価値観で対象を見つめたいと思っている。

「目利き」という言葉がある。
「モノの真贋や美しさが分かる人」という意味だろう。
これも考えてみるとどうなんだろうとちょっぴり思う。
この言葉自体が世間の評価を前提にしているのではないか。
確かに世間の評価は大変に気になるものだ。
人から、あわよくば「いいなァ」とか「凄い!」なんて言ってもらいたい気持ちも確かにある。
しかし、評価に偏りすぎるとモノが見えなくなってしまうのではないだろうか。

自らの目で見る。
モノそれ自体をとことん見つめる。
でもこれが難しいんだなァ(笑)


で、写真のこいつ。
いわゆる民藝で言うところの「雑器」の類いでしょう。
時代はいつ頃のものだろう。
ちょっと価値あったりして、なんて思ってる(オイオイ:笑)
ハハ…。







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Comment








god-zi-llaさん、コメントありがとうございます。
いつも同じようなところに還ってきてしまいます(笑)

民芸運動のジレンマ。
権威。
評価。
難しい問題です。
私の中で右に左にゆらゆらと揺れております。

でもそれ自体を楽しんでいるのでしょう。
楽しむ!
そうだ、それだ(笑)
posted by mono-mono | 2009/03/08 11:07 AM |
類似コラーニさん、コメントありがとうございます。
かえって私の背筋がピンと伸びた気がします。
気持ちが揺れ動いてフツフツと思い悩んでいるだけなんでしょう。
好きなモノは好き!という気持ちを信じるほかないんでしょう。
posted by mono-mono | 2009/03/08 10:40 AM |
うむむむ。深く、難しく、かつ、面白いモンダイに突っ込まれてきましたね。すごく楽しい。
これってmono-monoさんのブログの、まさにメインテーマですね。

ぼくもしょっちゅう考えます。
「骨董的価値」って普遍性のあるものなのか、そうでないのか。
ある種のレコード(オリジナル盤とか)の「価値」って「骨董的価値」と同じものなのか、ちがうものなのか。

民芸運動ってある種「価値のない」とされていたものに「価値」を見出したわけだけど、それ自体が「権威」になってしまって、けっきょく民芸の「価値」と「骨董的価値」とはたいして違わないものになっちゃってるんじゃないのか。

とか。

子どものころ、お菓子の空き箱かなんかにこっそり隠してだれにも見せないようにしてた、ちょっとキレイなビー玉とか、強敵からせしめたメンコとか、入っちゃいけない場所(線路とか防空壕の跡とか)で拾ってきた石コロとかガラスの破片とか、そういう他人の「評価」をなんら問題にしないけど自分にとってはかけがいのないモノが、「お宝」の本質であり原点でもあると思うんですが。

オトナになるってのは、なさけないことです。
でも、そのなさけないことに一喜一憂するのもまた、楽しみであったりもして。

posted by god-zi-lla | 2009/03/08 7:41 AM |
こんばんは。

大事なもの、大切なものを持っているか、いないか。

あなたにはそれがありますか?って問いかけられているように
感じました。

音楽という形が無いものを大切にする気持ちに、
他人から値段を付けられたらかないませんね。

景況が悲惨な現状のような時こそ、守るべきものはしっかりと。

改めて気持ちが引き締まりました。



posted by 類似コラーニ | 2009/03/07 11:50 PM |
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