「古い雑誌はタイムマシーンだ、すてないで大事に
とっておきたまえ、と誰かが言っていた。」
という片岡義男のエッセイがある。
コーヒーでも飲みながら古い雑誌のページをめくると、たちまちその雑誌の時代へタイムトラベルできてしまうと誰かが言っていた、と片岡義男はそのエッセイに書いている。
こう書いたのち、片岡義男は50年代の大衆雑誌の大発掘を行うのだった。
なるほど、と思った私はすてないで大事にとっておいた雑誌を引っ張りだしてきた。
50年代の大衆雑誌ではない。
「GQ JAPAN 1994年10月号」である。
この雑誌は発売時に買ったのではない。
後に存在を知り、探したあげくに神保町にまで足を運び、それなりに苦労して手に入れたのだった。
それ以来、思い出したように手に取っては読み返してきた。
つまりちょっとした宝物なのだ。
「GQ JAPAN 1994年10月号」には、村上春樹によるインタビュー記事が載っている。
インタビューの相手はビル・クロウ。
ビル・クロウは、ジャズベーシストである。
村上春樹はビル・クロウをこう紹介する。
「50年代始めのスタン・ゲッツ・クインテットのベーシストであり、ジェリー・マリガンのピアノレスカルテットおよび伝説のコンサートジャズバンドのベーシストである。主役を張るタイプではないが、静かに確実に、時代の節々で心に残る演奏を残した」
彼のニューヨーク郊外の自宅を尋ね、二人はじっくりと語り合っている。
共演した数多くのミュージシャンのこと、ツアーで訪れた東京のこと、ベースという楽器のこと…。
村上春樹がビル・クロウのディスコグラフィを作って持って行ったら、「なかなかよく調べてあるね」と言って自分のコンピュータから2倍はあろうかというディスコグラフィをプリントアウトしてくれた!
このインタビューは今年出版された村上春樹の「雑文集」にまとめられているが、それまではここでしか読めなかった。
しかしその「雑文集」には、ニューヨーク郊外にあるビル・クロウ宅の気持ち良さそうな庭で語り合う二人の写真は載っていない。
ということでやはり、このバックナンバーは宝物なのだ。
このインタビューは、村上春樹がビル・クロウの著書「FROM BIRDLAND TO BROADWAY : Scenes from a jazz life」を翻訳したから実現した。
このGQが出た頃「小説新潮」に「FROM BIRDLAND TO BROADWAY : Scenes from a jazz life」は連載されていたという。
それは後に「さよならバードランド」という本となり96年に出版された。
私はその単行本で「さよならバードランド」を知ったので、GQのこの号が出てから2年ほどたっていた。
なのでこの雑誌のバックナンバーを入手するにはちょっと苦労したのだった。
アマゾンで「さよならバードランド」はこのように紹介されている。
「楽器ひとつあれば、この世は極楽だった。1950年代、ジャズ黄金時代のニューヨークで活躍したベーシストの自伝的交友録。スター・プレイヤーのエピソード満載。村上春樹による超詳細レコード・ガイドつき」
パーカー、エリントン、マイルズ、モンクといったビッグネームの逸話が並び、グッドマンのロシア公演では血気盛んだったミュジシャンを抱えて収拾がつかなくなってしまうなんていうエピソードなどがひょうひょうと語られる。
ジャズ好きなら絶対に楽しいこと請け合いの1冊である。
私のビル・クロウが参加している中でもっとも好きなレコードは、THE GERRY MULLIGAN QUARTET "What Is There To Say "である。
1音1音を慎重に、あるべき場所にそっと置くような演奏が聴ける。
是非どうぞ!